北斎とお栄-その晩年
前のエピソード――第14話 北斎の回想―其ノ陸翌朝、裏長屋の溝板(どぶいた)通りに薄い陽が射し、しじみ売りの声が通り過ぎた。
「アゴのやつ、朝っぱらからどこへ行きやがったのか」
炬燵(こたつ)の中で目覚めた北斎は、お栄の姿がないことに気づき、苛立(いらだ)たしげに独りごちた。
アゴとはお栄のことである。
お栄は、北斎の門人・露木為一(つゆきいいつ)が「顎(あご)出でて、すこぶる異相なりし」と評したように、特長のある容貌(きりょう)をしている。ために、北斎はお栄にアゴという渾名(あだな)をつけていた。
もっとも、お栄とて負けてはいない。アゴと呼ばれるたびに、人前でも父親の北斎を「鉄蔵」と呼び捨てにした。
炬燵から出た北斎は、日蓮像の前で正座した。と言っても、その像はごく小さい。柱の上に蜜柑箱を釘づけにし、その中に祀(まつ)っているのである。
北斎の口から阿檀地(あたんだい)の呪文が洩れ出る。
「阿檀地(アタンダイ)、檀陀婆地(タンダバーチ)、檀陀婆帝(タンダバーテ)、檀陀鳩賖隷(タンダクシャレイ)、檀陀修陀隷(タンダスダレイ)……」
法華経の信者である北斎は、朝な夕なに妙法蓮華経普賢(ふげん)菩薩勧発品(かんばつぽん)第二十八にある陀羅尼(だらに)の呪文を唱えることを習慣(ならい)としていた。
これを唱えれば、普賢菩薩がこの世の苦悩や惑乱から身を守ってくれる――と、北斎は信じていた。
「アゴがいねえと、慈姑(くわい)ひとつ口にできやしねえ」
北斎は呪文を唱えたあと、片眉を持ちあげて、苦り顔でぼやいた。
いつもの朝なら、お栄がちょいと横丁の煮売屋(にうりや)まで下駄をつっかけてひとっ走りし、北斎の好物である慈姑の含め煮や、煮豆、鰯の目刺などを買い求め、それを菜(さい)にして冷や飯を掻きこむという寸法となる。
しかし、自分で荷売屋まで行くのは面倒だ。
「ええいっ、仕方がねえ。仕事をやっつけるか」
朝飯を諦めて、北斎は絵筆を口にくわえた。
そのとき、北斎の視線は部屋の隅の暗がりに蛸(たこ)が這っているのに気づいた。まさかと寝惚(ねぼ)け眼(まなこ)をこすってみると、当然のことながら蛸であるはずがない。
弦(つる)の取れた土瓶(どびん)が、足の踏み場もなく取り散らかった塵芥(ごみ)の中から頭と注ぎ口をのぞかせているのだ。
散乱したがらくたを足で払いのけ、やおら土瓶の蓋(ふた)をはずしてみると、その底にひと口か、ふた口程度の水が残っている。
北斎は口から絵筆をはなし、その水を喉(のど)に流し込んだ。
「ここへ来て、半年でこの散らばりようだ。また引っ越すか」
土瓶を手にしたまま、北斎は周りを見渡して嘆息した。
家の中はさながら塵芥溜(ごみた)め、いまでいう汚部屋である。
そこいら中に、食いものを包んでいた竹の皮、餅が入っていた竹籠(たけかご)、反故(ほご)紙、板下(はんした)絵、表紙の破れた読本、ぶんまわし(コンパス)や定規、質札(しちふだ)、ぼろ足袋(たび)、割れ皿やらが畳の上に散乱している。
無理もない。北斎もお栄も、掃除や片付けはしたことがなく、そんなことをするくらいなら、いっそほかの長屋へ引っ越したほうがましだと思っている。
部屋の中がどうしようもなく乱雑を極めた状態になれば、いよいよ潮時だ。大八(だいはち)車の荷台にぼろ布団を積み、なけなしの家財や絵道具をひっくるめた風呂敷包みを五つ、六つ載(の)せれば、それにてお仕舞。「さて」とばかりに、いとも飄々(ひょうひょう)と家移りしてゆくのである。
しかし、いまは引っ越しどころではない。この日、このとき、北斎にはのっぴきならぬ事情を抱え、頭の中はいつも以上に忙(せわ)しなかった。
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