生きもの千夜一話 by 金井塚務
2025年9月27日は土曜日、このところ雨ないし曇りが続いていたが、この日は晴天の予報ということで、二日前から久しぶりにどこか遠出をしようと思い立ち、奥出雲を訪ねることにした。今、世間を賑わせているクマ問題に関する著作に取り掛かろうしていることもあり、かつて大規模な森林破壊をともなうたたら製鉄の一翼を担っていた鉄穴流しの副産物である棚田を見てみたかったからである。
とまれ、とりあえず、庄原から奥出雲方面へ木次線沿いに車を走らせることにした。
三井野原駅前を過ぎてしばらくすると陰陽分水界があり、その先のトンネルを抜けると突然、視界が広がり陸橋の上に出た。橋は深い谷をまたいでいて、右前方にループ橋が見える(写真下)これが有名なおろちループ橋である。
道の駅で休憩していると、谷の対岸を派手な色をまとったディーゼルカーが通り過ぎていく。本数の少ない列車に期せずした出会えたのは、何か得した気分だ。木次線の三井野原駅と出雲坂根駅の間は高度差が大きく、JR西日本管内では唯一の本格的な3段スイッチバックが生き残っているため、鉄道ファンを引き付けているという。
小休止して、次の目的地、追谷集落を目指す。奥出雲地方にはたたらがもたらした棚田がいくつもある。それぞれの景観を比較してみたいのだが、今日はそんな余裕はない。ということで、特に理由はないがとりあえず追谷集落を見に行くことにした。
追谷は規模としてはそれほど大きくはないが船通山(1142m)に源を発する斐伊川の支流沿いに発達した集落で、棚田の奥に船通山を望むことができる。
たたら製鉄とは花崗岩に含まれる磁鉄鉱の砂鉄をたたらで溶かして玉鋼を作る製鉄法である。島根と鳥取の県境に位置する船通山に源を発する斐伊川水系がその中心であった。古事記にあるヤマタノオロチ伝説は、斐伊川の治水とたたら製鉄がテーマであるといわれている。花崗岩が風化した真砂土に混在する砂鉄を採取する方法として、鉄穴流しがある。真砂土を掘って水で洗い流し、砂鉄を分離するのだが、その残土で谷を埋め立て、棚田を開いてきたという。そんな棚田は大きな森林破壊の副産物なのだが、その一方で多くの人の食を支える重要な場ともなった。
この奥出雲のたたら製鉄と棚田の開設との文化的関連が評価され、今年8月に世界農業遺産に認定されたという。
カツラの巨樹の傍らに金小屋神社なる祠がある。その脇に頌功石(はんこうせき)なる碑がたっていて周囲にケラと呼ばれる玉鋼製造の過程でできる鉄くずが散在している。とはいえ、光があれば影もある。森林の破壊は東中国山地と西中国山地にみられる動物相の分断をもたらした。例えばはニホンカモシカやホンドリスなどの絶滅はたたら製鉄のための森林破壊と関係していると見ることができる。ただし、近年、ホンドリスなど一部の野生動物の生息(自然分布か人為的分布かは未確認)が確認されるようになったが、これは森林が再生し、植生の連続性が回復したからであろう。2000年以降、広島県内のクマの分布の分断が解消したのもたたら製鉄の衰退による森林破壊が無くなったことが関係している可能性が高い。
追谷の棚田を見学したあと、そろそろ小腹もすいたので、亀嵩駅で出雲そばをいただくことにしした。ここは松本清張の「砂の器」の舞台としても有名なところ。駅舎内にあるそば店を入ると、たくさんの有名人のサイン色紙が壁いっぱいに展示されている。じふむふむ、あの人もこの人も来ているのね、ということがよくわかる。きっと、「ふぅーん、おいしい」、が連発されたことだろう。そんな声が聞こえてきそうな店内である。面白いのは、注文を取りに来た店員さんが、「注文はこのQRコードを読み込んで、お願いします」というではないか。それでも口頭での注文も受け付けるとのこと。かなり込み合うことがありそうで、その対策なのだろうが、よく理解できない。あるいは売り上げ処理の問題もあるのか。良くも悪くもデジタル時代である。
出雲そばらしく、黒く硬く噛み応えのある麺の割子そば。味のほうは言及しないでおこう。腹も満ちたので、斐伊川沿いを北へ向かう。途中、亀嵩神社に立ち寄る。社の森を貫く参道の杉並木に趣がある。人気は全くなく、静寂で歴史のある神社といった雰囲気が漂っていた。