古代史好きなサラリーマンのブログ
九州と近い朝鮮半島は現在でこそ、韓国、北朝鮮という日本とは別の国家ですが、古代においては密接な関係がありました。
今回は古代の朝鮮半島に着目していきたいと思います。
目次
- 朝鮮半島最古の人類
- 朝鮮半島が無人だった5000年の謎
- 氷河期の終焉と海面上昇
- 再びやって来た寒冷期
- 縄文人が朝鮮半島へ移住した?
- 鬼界カルデラの噴火が縄文人を北へ駆り立てた?
- 箕子朝鮮(きしちょうせん)とは
朝鮮半島最古の人類
全谷里遺跡
朝鮮半島には少なくとも4万年前には人類(ホモサピエンス)がいたとされています。
朝鮮半島が無人だった5000年の謎
以下は放射性炭素年代測定の合計確率分布(SPD)を用いて朝鮮半島における狩猟採集民の人口変動を推定した研究です。
Chuntaek Seong 他 [ソウル大学]
朝鮮半島で生活していた人類は1.1万年前〜7千年前朝鮮半島から忽然と姿を消してしまいます。
1.9万年前から約8200年前までの長期間について、韓国南部での考古学的遺跡の数が激減しています。すなわち、このころ朝鮮半島の人口は激減したということです。特に1.1万年前から約8200年前 の間の遺跡は、朝鮮半島本土にはほぼ存在しないと言及されているのです。
この期間には済州(チェジュ)島のピルレモッ洞窟が発見されているものの、朝鮮半島では考古学的な遺跡が見られず、韓国考古学会では劇的な環境の変化により人類がいなくなったと説明しています。
劇的な環境変化とは?朝鮮半島でなにが起きたのでしょうか。
氷河期の終焉と海面上昇
8万年続いた長い氷河期が終わった約1.5万年前、地球は温暖化していきます。
朝鮮半島西側、黄海の大陸棚は海面上昇により水没したことで、沿岸で狩猟採集を行っていたグループ(上の赤丸)は朝鮮半島北部へ移動したとみられています。黄海沿岸部のグループが北上したので、南部にいたグループも北上したのでは、と考察されています。南部に住み続けることは大陸とのネットワークが希薄になってしまうためです。
とはいえ、氷河期が終わった1.5万年前から、朝鮮半島から人がいなくなる1万年前までの間には5,000年あります。5,000年といえば現代からさかのぼれば、縄文時代くらい長い期間です。海面上昇して大陸とのネットワークが希薄になったあとも依然として朝鮮半島に住み続けた集団もいたという事です。
再びやって来た寒冷期
『地球環境学事典:総合地球学研究所編 弘文堂 2010より引用転載
氷河期が終焉してから、2000年ほどたった1.29万年前から1000年は北半球の高緯度地域で再び厳しい冬がやってきたことがわかっています。「ヤンガードリアス寒冷期」です。(※暦年代で1万2900年前 - 1万1500年前、放射性炭素年代で1万1000年前 - 1万年前とされている)
ヤンガードリアス寒冷期の原因は「彗星の衝突」であると言われています。北米大陸への彗星の衝突により巻き上げられた塵による寒冷化があげられ、米国のオクラホマ州、ミシガン州、サウスカロライナ州、カナダ・アルバータ州などで、その証拠となる極小のダイヤモンドが約1万3000年前の地層から発見されています。
『君の名は。』(新海誠監督、2016年)
彗星の衝突と聞くと『君の名は。』を思い出しますね。
ヤンガードリアス期の間も日本列島は対馬海流が発生させた水蒸気により温暖な気候が継続していました。寒冷化した朝鮮半島南部に住んでいた少数の人々は、楽園を求めて日本列島へ移住した結果、1,000年後には朝鮮半島には誰もいなくなってしまったということでしょうか。
縄文人が朝鮮半島へ移住した?
東三洞遺跡(とうさんどういせき)
朝鮮半島は無人の時代が続きますが、再び人類が帰ってきた痕跡が発見されるのは7000年前のことです。
神奈川県横浜市の花見山遺跡から出土した隆線文土器(横浜市指定有形文化財)横浜市歴史博物館所蔵(Wikipediaより)
朝鮮半島南部の東三洞遺跡(とうさんどういせき)(7000年前)から土器が出土しています。これは韓国最古の土器で、「隆起線文土器」(りゅうきせんもんどき)と言われる日本列島の縄文時代草創期初頭に作られたものと類似しています。島根産の黒曜石も見つかっているようです。
同様に、対馬の越高遺跡(7100-6400年前)からも、隆起線文土器や九州の黒曜石が見つかっているようです。
無人になった朝鮮半島に7000年前に現れた人々はいったいどこから来たのか?考えた時に、土器や黒曜石から日本列島に住む縄文人が移住したと考えることができそうです。
それではなぜ日本から朝鮮半島へ移動する必要があったのでしょう。
鬼界カルデラの噴火が縄文人を北へ駆り立てた?
鬼界カルデラは、薩摩半島から約50 km南の大隅海峡にあるカルデラ・海底火山です。
実は鬼界カルデラは縄文時代に大噴火を起こしているのです。
エコノミストonlineより
7300年前に発生した大規模カルデラ噴火は過去1万年の内では世界最大規模で、火砕流が九州南部にも到達し、九州南部の縄文文化を壊滅させたと推測されています。
九州北部に生活していた縄文人も猛烈な火山灰(20㎝)から逃れるように関東や朝鮮半島へ避難したことが推測されます。
実際にこの頃の日本列島の人口は極端に東日本に偏って分布していることがわかっています。(縄文時代の人口については下参照)
鬼界カルデラの被害から流れた九州の縄文人が海を渡って対馬や朝鮮半島へ渡ったとすれば、現在の朝鮮半島人と日本列島人の遺伝子は近いものでなくては辻褄があいません。
上は現代の日中韓のDNAを比較した図です。遺伝学的には韓国人のDNAは、日本人と中国人の中間にあたるような民族であるとわかります。
7000年前に朝鮮半島に移住した縄文人と、大陸から南下してきた民族が混血した結果、今日の韓国に住む人々が形成されていったのではないかとも考えられます。
韓国加徳島獐項遺跡出土人骨のDNA分析より
実際に2019年の調査により韓国釜山の加徳島で出土した7000年前の韓国人の人骨は縄文人に近いことがわかっています。
では、中国系の民族が大陸から南下してきてのはいつの時代なのでしょうか。
箕子朝鮮(きしちょうせん)とは中国は古代より文字で歴史を残す文化がありますが、歴史書に古代の朝鮮半島について記した興味深い記載があります。
BC1世紀(2100年前)にかかれた中国の歴史書『史記』によれば、中国の殷最後の王である帝辛(紂王ちゅうおう)の叔父である箕子が箕子朝鮮(きしちょうせん)を建国したとあります。
箕子は現在の平壌に城を築いたとされています。殷が周によって3000年前に滅びており、少なくともこの時期には中国で敗れた王朝が朝鮮半島に逃れるという前例があったように思います。
その後紀元前200年(2200年前)にも戦国時代の燕から逃れた衛満が箕子朝鮮を滅ぼし、衛氏朝鮮を建国していまし、漢の武帝の時代には漢民族に征服され楽浪郡や帯方郡が設置されています。
こうした長い歴史の中で南下してきた北方の漢民族が南方の縄文人と混血しながら独自の文化を育んだ結果、現在の韓国という国家が形成されていったのではないでしょうか。
参考文献
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氷河期とは何か?
古代朝鮮の流れ
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