Etcetera Japan blog
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「日本国および日本国民の統合の象徴として、国民の幸せと世界の平和を願う役割を担っています」とされる天皇。

その皇位継承について、明治時代に戦争を指揮する統帥権を念頭に「男子のみ」の文言が加わった皇室典範を、さも2600年間の伝統であったかのごとく主張する人々がいらっしゃる。

憲法でさえ、皇統は世襲(直系の子)で継ぐ、男女は平等と定めているにもかかわらず、そういう強烈な男系男子崇拝は、側室を許さない現代においては、ある種の不幸な現象を皇室にもたらすのではないだろうか。

ズバリ、娘が生まれても極秘のうちに「男子として育てよう」となってしまうことである。

 

◆男性ホルモン投与で低い声もヒゲも

まず最初に、「自らの意思」によって、女子ではなく男子として生きる道を選んだ若者が、どのように変化を遂げていくかについて。

海外には、女性から男性へと性転換したFTMトランスジェンダーが告白するYouTube動画が多数あり、たとえばこちらの『Beard Timeline (FTM Transgender)  ― Sam Switz』をご紹介してみたい。動画を視聴しなくても、この画面だけで色々なことがお分かりいただけると思う。

 

 

男性ホルモン投与で、ヒゲを生やしたり、声を低くさせ、喉仏が出てくるようにすることは可能。性同一性障害に対し、心身両面でサポートしていく環境が整っている国なら、乳房の切除もして顕著な「男子化」が可能になるのだ。

続いては、本人の希望ではなく、親に強要され男子として育てられた娘は、いずれ試練と闘うことになるという事実について…。

◆親が「男の子として生きましょう」と強要

赤ちゃんの頃から男児の髪型と服装を強要され、親からは「男子として生きるのよ。その方が良いことが一杯あるから」と洗脳されながら育った娘。彼らもまた、意識も背格好も表情も、本当に男子のようになっていった。

ご紹介したいのは、日本経済新聞/NIKKEI STYLEの『少女を男として育てる 女性の権利、進まぬアフガン』に登場する10代のセタールさんとアリさん。スウェーデン人の写真家ルールー・ダキ氏がある一家を取材したもので、記事を部分的に抜粋し、つなぎ合わせていくとーー。

 

極端な男尊女卑が残るアフガニスタンに、男の子と同じ自由を享受する女の子たちがいる。生まれた娘を息子として育てる「バチャ・ポシュ」と呼ばれる風習だ。

 

家父長制社会のアフガニスタンでは、女性は経済的に男性に依存しなければならない。男の子が生まれない家庭は、結果的に社会的不名誉を背負わされ、親は難しい立場に立たされる。

 

3人目の娘セタレが生まれると、両親はこの子を息子として育てることに決め、セタールと名をつけた。その2年後に生まれた娘アリも、息子として育てた。次にようやく一家のひとり息子が生まれたが、セタールとアリもそのまま男の子としての人生を続けた。

 

小さな子どもが成長して思春期に入ると、性の違いが顕著になり、少年として生きるのが困難になる。時には、危険な目にもあう。嫌がらせを避けるために引っ越しを繰り返す家庭もある。通りを歩けば、「反イスラム」「性転換者」などと心ない言葉を投げつけられる。

 

嫌がらせを受け、侮辱され、社会から切り離されても、本人たちは女として生きることを拒否する。年齢が上がれば上がるほど、性による文化的制限を受け入れることができなくなるのだ。彼女たちはベールをつけ、家族のために料理をし、他人の前では視線を下に向けることを学ばなければならない。

 

年齢が上がって、皇位継承権には性差別があり、男子はすべてにおいて優位という事実を知った、ああ男子でよかった ― 今の悠仁さまも、まさにこういう心境ではないだろうか。

◆まとめ:子供たちは大人の身勝手さの犠牲に

ダキ氏が取材した一家の両親は、アリさん、セタールさんの苦悩や誹謗中傷に悩み、「もう女子向けの服を着て、女の子らしく振る舞ってみては」と提案しているそうだが、男子として生きる方が得だと知ってしまった本人たちは、このまま男子として生きていくつもりだという。

 

まったく男子に見えるお二人(画像は『日本経済新聞』のスクリーンショット)

 

思春期を経て起きてきた心身の変化に慌て、今更のように「女性として生きたら?」と言う親の許しがたい身勝手さ。しかし、女性は制約ばかりで辛いという社会の構造のほうがもっと悪い。

ダキ氏は記事をこのようにまとめている。

 

「体が成熟すれば、男でいつづけることは不可能であると気付くのですが、だからといって彼女たちを女性として受け入れてくれる人もいません。これは、女の子の能力とか才能とか権利といったものを無視した抑圧です。女の子の権利を否定するということは、女性という性に対する侮辱なのです」

 

女子ではダメだという呆れた偏見、侮辱、そして抑圧。この記事が言わんとしていることは、もしや日本の皇位継承において起きている諸問題とそっくりではないだろうか。

(朝比奈ゆかり/エトセトラ)

画像および参考: ・『YouTube』Beard Timeline (FTM Transgender) Sam Switz

・『日本経済新聞』少女を男として育てる 女性の権利、進まぬアフガン

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