【新発掘】「ドイツ列車砲」の“ミリタリー写真集”が話題沸騰、知られざる「地上最強の重砲群」を見よ…!
2026.02.06潮書房光人新社
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列車砲という兵器システムをご存じだろうか。第一次大戦を機に、ヨーロッパの鉄道網を利用して本格的に発展したものだが、とりわけ、巨大化したドイツの列車砲が有名だ。軍事的には、ヒトラーの巨大兵器嗜好に沿った「資源の壮大な浪費」と揶揄されたが、その研究意義を認める向きもある。
このほど刊行された「ドイツ列車砲&装甲列車戦場写真集」(広田厚司著、潮書房光人新社)は新発掘の画像を追加した増補改訂版。早くも鉄道やミリタリーファンの間で話題になっているという。巨弾を放つ陸上のモンスターの珍しい写真を数多く収めた本書から一部抜粋・再構成してお届けする。
ドイツは開発期間短縮のため海軍の砲身と砲弾を改良
「列車砲」は鉄道軌道を走行できる特殊な台車上に「砲架=砲の支持装置」と「重砲」を一体化させて搭載した兵器システムで、網の目のようなヨーロッパの鉄道網を利用して発達し、1914年から1918年の第一次大戦時に重砲兵隊の新兵器として装備された。列車砲の長射程と重砲弾の威力を生かして、戦線後方にある敵部隊の集結地、補給地、鉄道施設を砲撃したほか、増援部隊の進出を阻止するなど、重要な戦術的役割を果たした。
第一次大戦がはじまると、前線部隊から野戦重砲を補完する長射程を持つ列車砲の要請が強くなり、ドイツ陸軍参謀本部はついに列車砲の開発を決めた。そこで、開発期間を短縮するために、ドイツ海軍の戦艦、巡洋艦に搭載する重海軍砲の砲身と砲弾を改良することで対応した。英国と建艦競争を繰り広げた帝政ドイツ海軍の主要艦艇の艦砲が、クルップ社のエッセン工場で製造された関係から、クルップ社が多くの列車砲を生み出すこととなった。
-AD-つづく1920年代から1930年代前半までは列車砲の理論的開発期で、巨大な火砲の後座運動(砲撃時の衝撃)を、砲架で効率良く吸収する方法や、砲の俯仰(発射角度)と射程に関する技術的課題が研究された。やがて、1933年にヒトラーの登場とナチ党の政権奪取によって再軍備が精力的に開始され、列車砲も新ドイツ軍の重要な兵器システムとして再登場することとなるが、1936年から第2次大戦終了までの9年間に少なくとも80門以上が製造された。
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