追放された薬師ですが、冷酷侯爵に溺愛されて辺境でスローライフ始めます(2/24)
追放された薬師ですが、冷酷侯爵に溺愛されて辺境でスローライフ始めます第2章 不穏な予兆
朝の薬房は、喧騒に包まれていた。 リディアは、薬棚の前で在庫を確認していた。羊皮紙に、薬草の名前と数量を書き込んでいく。だが、周囲の騒がしさに、集中できない。 薬房の入口には、長い行列ができていた。 貴族の夫人たち。 豪華なドレスを着た彼女たちが、扇を手に、互いに囁き合いながら順番を待っている。 「今月も、セレナ様の秘薬を」 「あれがないと、もう肌が保てないわ」 「本当に。魔法のような効果よね」 リディアは、横目で行列を見た。 彼女たちが求めているのは、セレナの「美容秘薬」だ。若返りと美肌効果があるとされる、王宮で最も人気の薬。セレナが独占的に調合し、貴族たちに高値で販売している。 リディアは、薬棚に戻った。だが、心の中で疑問が膨らんでいた。 あの秘薬は、本当に安全なのだろうか? 「リディア」 声がして、リディアは振り向いた。セレナが、優雅に近づいてくる。 「在庫整理、ご苦労様」 「はい、セレナ様」 リディアは、頭を下げた。 「ちょうどいいわ。秘薬の在庫を確認してちょうだい。棚の奥に、成分リストがあるはずよ」 セレナは、そう言って、行列の貴族夫人たちの方へ歩いて行った。 リディアは、薬棚の奥を見た。 成分リスト。 リディアは、梯子を登り、棚の最上段に手を伸ばした。埃をかぶった木箱がある。それを引き出し、蓋を開ける。 中には、羊皮紙の束が入っていた。 リディアは、一枚を取り出した。 「美容秘薬——成分配合表」 リディアは、目を凝らした。 羊皮紙には、薬草の名前と、その配合比が細かく書かれている。 リディアは、一つ一つの成分を読んでいった。 そして、ある箇所で、手が止まった。 「赤い蔓草の根……30%」 「月光花の花粉……15%」 「魔晶石の粉末……20%」 リディアの脳裏に、前世の記憶が蘇った。 化学式。 依存性薬物の、配合比。 リディアは、息を呑んだ。 これは——。 赤い蔓草の根は、前世で言う「アルカロイド系」の成分を含む。月光花の花粉は、神経刺激作用がある。そして、魔晶石の粉末は、魔力を増幅させるが、同時に神経系に負担をかける。 この配合比は、依存性薬物のそれに、酷似している。 リディアは、手が震えた。 もし、これが本当なら——。 セレナの秘薬は、使用者を依存させ、薬なしでは生きられない体にしてしまう。 リディアは、羊皮紙を凝視した。 だが、証拠はない。 これは、単なる配合表だ。実際に依存性があるかどうか、確かめる術はない。 「リディア」 声がして、リディアは飛び上がった。 梯子の下に、セレナが立っていた。 碧眼が、冷たくリディアを見上げている。 「何を見ているの?」 「あ、いえ……在庫を、確認していて……」 リディアは、慌てて羊皮紙を木箱に戻した。 「そう」 セレナは、静かに言った。 「リディア、余計な詮索は身のためよ」 リディアは、息を呑んだ。 セレナの声は、優雅だが、棘がある。 「あなたには、理解できないでしょうけど。秘薬の調合は、高度な技術が必要なの。素人が口を出すことではないわ」 「……はい」 リディアは、小さく答えた。 セレナは、微笑んだ。だが、その笑みは、目に届いていない。 「在庫確認が終わったら、報告してちょうだい」 セレナは、踵を返し、再び貴族夫人たちの方へ歩いて行った。 リディアは、梯子の上で、セレナの背中を見つめた。 手が、震えている。 セレナは、知っている。 リディアが、何かに気づいたことを。 リディアは、梯子を降りた。 薬棚の陰に身を隠し、懐から小さなメモ帳を取り出す。 そして、急いで書き込んだ。 「赤い蔓草の根——30%」 「月光花の花粉——15%」 「魔晶石の粉末——20%」 リディアは、メモ帳を懐にしまった。 証拠は、まだない。 だが、これは、確実に何かの手がかりだ。 リディアは、薬棚の陰から、行列を見た。 貴族夫人たちが、笑顔でセレナから小瓶を受け取っている。 赤い液体が、小瓶の中で揺れている。 リディアは、拳を握った。 もし、あれが本当に依存性薬物なら——。 リディアは、胸の奥に、冷たいものが走るのを感じた。 前世と、同じだ。 利益のために、人の命を危険に晒す。 リディアは、唇を噛んだ。 今度こそ、阻止しなければ。 午後、王宮の廊下を歩いていると、リディアは囁き声を聞いた。 「陛下が、お倒れになったそうよ」 「まあ、本当に?」 侍女たちが、壁際で小声で話している。リディアは、足を止めた。 「侍医団が、総出で診察しているらしいわ」 「原因は、わかっているの?」 「いいえ、誰もわからないそうよ」 侍女たちは、不安そうに顔を見合わせた。 国王陛下の、体調不良。 リディアは、胸騒ぎを覚えた。 「リディア様」 声がして、リディアは振り向いた。侍医団の助手が、息を切らして駆けてくる。 「侍医長が、お呼びです。すぐに来てください」 「わかりました」 リディアは、助手の後を追った。 王宮の奥、国王の私室がある区画へ。 廊下には、貴族たちが集まっていた。彼らは、ひそひそと囁き合い、不安げに寝室の扉を見つめている。 リディアは、侍医団の控室に入った。 侍医長が、疲れた顔で机に向かっている。その周りに、数人の侍医たちが立っていた。 「リディア、来たか」 侍医長は、リディアを見た。 「薬草の在庫を、至急確認してほしい。陛下の治療に必要になるかもしれん」 「はい。ですが……陛下は、一体何が?」 侍医長は、ため息をついた。 「原因不明だ。倦怠感、記憶障害……数日前から、症状が出始めた。だが、どの薬も効かない」 リディアは、息を呑んだ。 倦怠感と、記憶障害。 「侍医長、陛下のお顔を、拝見してもよろしいでしょうか?」 侍医長は、眉をひそめた。 「何故だ?」 「在庫を確認する前に、症状を正確に把握したいのです」 侍医長は、しばらくリディアを見つめていた。そして、頷いた。 「よかろう。だが、遠くからだけだ」 リディアは、侍医長に連れられ、国王の寝室の扉の前に立った。 扉が、わずかに開かれている。 リディアは、その隙間から中を覗いた。 豪華な天蓋付きのベッドに、国王が横たわっていた。 リディアは、息を呑んだ。 国王の顔は、青白く、頬はこけている。目は虚ろで、焦点が定まっていない。唇は乾き、呼吸は浅い。 侍医が、国王の脈を取っている。だが、国王は、まるで侍医の存在に気づいていないかのように、ただ天井を見つめていた。 リディアは、その姿を見て、胸が締め付けられた。 前世の記憶が、蘇る。 製薬会社の病院。 薬物中毒患者の、病室。 彼らも、同じような顔をしていた。青白く、虚ろで、生気がない。依存性薬物の長期使用による、神経系の破壊。 リディアは、拳を握った。 症状が、一致する。 国王は、薬物中毒なのではないか? 「リディア、もういいだろう」 侍医長が、扉を閉じた。リディアは、侍医長を見た。 「侍医長、陛下は……何か、特別な薬を、服用されていませんか?」 侍医長は、首を横に振った。 「通常の滋養薬のみだ。セレナ殿が調合した、魔力強化薬をな」 リディアは、息を呑んだ。 セレナの、薬。 「それは……いつから?」 「半年ほど前からだ。陛下の体力が衰えたため、セレナ殿が献上した」 リディアは、唇を噛んだ。 半年前から、セレナの薬を服用している。 そして今、国王は薬物中毒の症状を示している。 リディアは、背筋が凍るのを感じた。 「在庫確認、急いでくれ」 侍医長は、そう言って、再び寝室の中へ入って行った。 リディアは、廊下に一人残された。 廊下の向こうで、貴族たちが囁き合っている。 「陛下が、こんなことになるなんて……」 「もし、陛下が……」 「王位継承は、どうなるのだ?」 不安と、混乱。 リディアは、廊下を歩き出した。 だが、角を曲がったところで、足を止めた。 廊下の奥、人目につかない場所で、二人の人影が立っていた。 セレナと、アルヴィン。 リディアは、壁に身を寄せた。 二人は、小声で話している。 「……計画通りね」 セレナの声だ。 リディアは、息を潜めた。 「本当に、大丈夫なのか?」 アルヴィンの声が、不安げに響く。 「大丈夫よ。誰も気づいていないわ。陛下の症状は、原因不明とされている」 「だが、もし誰かが……」 「誰も、疑いはしないわ。私の薬は、完璧なのだから」 セレナの声が、冷たく笑った。 リディアは、背筋が凍った。 計画通り。 誰も気づいていない。 私の薬は、完璧。 リディアは、拳を握った。 セレナは、国王を——。 「リディア様?」 声がして、リディアは飛び上がった。 侍医団の助手が、廊下の角から顔を出している。 「在庫確認は、まだですか?」 「あ、はい……すぐに」 リディアは、助手の方へ歩いた。 だが、廊下の奥を振り返る。 セレナとアルヴィンの姿は、もうなかった。 リディアは、胸の奥に、冷たいものが走るのを感じた。 国王は、セレナの薬で、中毒にされている。 そして、セレナとアルヴィンは、それを計画していた。 リディアは、唇を噛んだ。 証拠は、まだない。 だが、真実は、そこにある。 リディアは、薬房へと急いだ。 夜。 リディアは、自室の机に向かっていた。 蝋燭の灯りだけが、部屋を照らしている。 リディアは、前世ノートを開いた。 羽根ペンを手に取り、インクを浸す。 そして、震える手で、書き込んだ。 「セレナの秘薬=依存性物質?」 ペン先が、紙の上を滑る。 リディアは、さらに書き続けた。 「赤い蔓草の根——アルカロイド系。神経刺激作用」 「月光花の花粉——依存性形成の可能性」 「魔晶石の粉末——魔力増幅、神経負荷」 「配合比——前世の依存性薬物と酷似」 リディアは、ペンを置いた。 ノートを見つめる。 証拠は、これだけだ。 成分リストのメモと、国王の症状。 そして、セレナとアルヴィンの、密会での会話。 「計画通り」 リディアは、拳を握った。 だが、これだけでは、何も証明できない。 誰が、信じてくれるだろうか? 侍医長に、報告するか? だが、侍医長はセレナを信頼している。「セレナ殿が調合した薬」と、疑いもなく言っていた。 アルヴィンに、訴えるか? だが、アルヴィンはセレナの共犯者だ。彼は、セレナと共に、国王を——。 リディアは、頭を抱えた。 誰にも、言えない。 誰も、信じてくれない。 証拠がないからだ。 リディアは、ノートを閉じた。 そして、窓の方を見た。 窓の外は、暗い。 空を見上げると、月が見えた。 だが、月は、雲に覆われていた。 厚い、黒い雲。 月の光は、わずかに雲の隙間から漏れているだけだ。 リディアは、窓に近づいた。 冷たいガラスに、手を当てる。 雲が、ゆっくりと動いている。 まるで、何かを隠すかのように。 リディアは、胸の奥に、冷たいものが走るのを感じた。 不穏だ。 何かが、起ころうとしている。 だが、リディアには、何もできない。 リディアは、窓から離れた。 机に戻り、ノートを手に取る。 開いて、自分が書いた文字を見つめた。 「セレナの秘薬=依存性物質?」 問いかけの形。 確信ではない。 リディアは、唇を噛んだ。 また、前世と同じだ。 リディアは、前世でも、薬害事件を告発しようとした。 だが、誰も信じてくれなかった。 「証拠不十分」 「君の主張は、信憑性に欠ける」 上司も、同僚も、外部機関も、誰もリディアの言葉を信じなかった。 そして、リディアは孤立した。 今世でも、同じことが起ころうとしている。 リディアには、証拠がない。 成分リストのメモと、断片的な会話。 それだけでは、誰も動かない。 リディアは、ノートを机に叩きつけた。 音が、部屋に響く。 リディアは、両手で顔を覆った。 無力だ。 何もできない。 真実を訴えても、誰も聞いてくれない。 リディアは、涙が込み上げるのを感じた。 だが、涙は出なかった。 ただ、胸が、苦しい。 リディアは、手を下ろした。 そして、ベッドの方へ歩いた。 ベッドに座り、薄い毛布を手に取る。 リディアは、そのままベッドに倒れ込んだ。 顔を、枕に埋める。 暗闇の中、リディアは小さく呟いた。 「せめて、誰か一人でも、救えたら……」 祈るように。 願うように。 だが、その声は、誰にも届かない。 リディアは、目を閉じた。 蝋燭の灯りが、揺れている。 部屋は、静寂に包まれた。 窓の外で、風が吹いている。 雲が、月を覆い隠している。 リディアは、ただ横たわっていた。 胸の奥の、冷たいものが、消えない。 無力感が、リディアを押し潰そうとしている。 だが、リディアは、まだ諦めていなかった。 諦められなかった。 前世で、果たせなかったこと。 この世界で、必ず果たす。 たとえ、誰も信じてくれなくても。 たとえ、一人きりでも。 リディアは、拳を握った。 枕に顔を埋めたまま、小さく、小さく、呟いた。 「誰か……一人でも……」 その声は、闇に消えた。 前へ < 2 / 24 > 次へ 表紙・目次-
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