歌舞伎ちゃん 二段目
ただいま歌舞伎座で上演中の錦秋十月大歌舞伎
開幕から数日のあいだに夜の部の切符が完売するなど話題を呼んでいる公演ですが、昼の部も歌舞伎らしい魅力的な狂言が並んでいておすすめです。
昼の部で上演されている「平家女護島 俊寛」は近松門左衛門の名作で、没後300年を記念しての上演です。この機会に少しばかりお話いたしますので、芝居見物や今後のご参考としてお役に立つことができればうれしく思います。
過去のお話のまとめはこちらwww.suehiroya-suehiro.com
ざっくりとしたあらすじ④俊寛(しゅんかん)は、1719年(享保4)8月に、大坂の竹本座にて人形浄瑠璃として初演された「平家女護島 (へいけにょごのしま)」の名シーンの通称です。評判を呼んで、翌年に歌舞伎化されました。
「平家物語」の世界を題材とした物語で、鬼界ヶ島の流人、常盤御前と牛若丸、清盛の病死などを経て、頼朝が旗揚げするまでが大きな流れです。全五段にわたる物語ですが人形浄瑠璃・歌舞伎ともに二段目「鬼界ヶ島の段」が特に有名で、現在も「俊寛」として繰り返し上演されています。
「鬼界ヶ島の段」の元になっているのは能の「俊寛」です。そのため、能、文楽、歌舞伎と3種類の俊寛を味わうことができます。ぜひ機会があれば、歌舞伎以外の俊寛もご覧になってみてはいかがでしょうか。
小倉擬百人一首 右近 国立国会図書館デジタルコレクション
「俊寛(鬼界ヶ島の段)」の場面について、ざっくりとしたあらすじをお話しています。上演のさまざまな条件によって内容が若干変わることがありますので、その点は何卒ご容赦くださいませ。
全体の流れは下記の通りです。
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③では、「海女の千鳥は船に乗せられない」といじわるな使者の瀬尾に突っぱねられ、流人たちと使者のあいだでひと悶着が起こりました。俊寛はじめ流人一同は家族のような強いきずなで結ばれているので、千鳥が乗れないのなら我々も全員で島に残ると主張。そんななか瀬尾が「俊寛の妻・東屋はすでに処刑された」という衝撃の事実を告げたのでした。
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東屋の死を知った俊寛は茫然自失となってしまい、成経、康頼とともに船に乗せられてしまいます。鬼界ヶ島には、千鳥が一人残されました。
「鬼界が島に鬼はなく鬼は都にありけるぞや」、つまり、鬼の世界を思わせる鬼界ヶ島には鬼なんていない、鬼は都にこそ住んでいるのだわ…と嘆く千鳥。もっともですね。
泳ぎの得意な海女でも、さすがに都まで泳いで追いかけるのは無茶な話です。もういっそ岩に頭を打ち付けて死のう…と思いつめ、千鳥は岩へと向かっていきます。
と、そこへ、俊寛がよたよたと船から降りてきて、千鳥を呼び止めます。
俊寛は「どうか自分の代わりに船に乗ってくれ…」と頼みに来たのであります。
今の話を聞いていただろう、私は清盛から深く憎まれて、妻の東屋まで殺されたのだ…と。もはや都に戻ったところで何の希望もないのだから、この俊寛を仏にすると思って、どうか船に乗ってくれ…と、千鳥に頼みこむ俊寛。
このくだりの「三世の契りの女房死なせ、何楽しみにわれ一人、京の月花見とうもなし」という詞章がとても悲しく沁みます。前世、現世、来世を契り合った妻と再び、めぐる季節をともに過ごしたいと思うからこそ、京の都へ戻ることを夢見ていたのであって、それが失われてしまえばもはや何の望みもないのです。「私を仏にすると思って(そうしてくれ)」という俊寛の言葉選びも、ラストに向けたキーポイントです。
俊寛は自分の代わりに千鳥を乗せるよう瀬尾に改めて頼みますが、瀬尾は頑として聞く耳を持ちません。
もはや失うもののない俊寛は、瀬尾の刀を抜き取り、ヤッと一思いに斬りかかってしまいます。反撃しようとする瀬尾は丹左衛門に助けを求めますが、ここまでの瀬尾の散々なふるまいを見てきた丹左衛門は、一切助けようとはしてくれません。
ヤヤヤ…もはやこれまで…と瀕死の状態に陥る瀬尾。
二人の戦いを見ていた丹左衛門は、下記のような懸念点を挙げて瀬尾にとどめを刺そうとする俊寛を諭します。
1.せっかくの重盛公の恩情を無にすることになるが良いのか?
2.自分の罪をさらに重ねることになるが良いのか?
3.届け出ている乗船人数が一人足りなくなってしまうと関所通過の際、問題になる
いかにも役人らしいビジネスライクな内容も含まれています。
これに対し俊寛は、「どうか自分の代わりに千鳥を乗船させて乗船人数を調整してほしい。自分が罪を重ねてその罪で流人になれば、重盛公のお慈悲への言い訳にもなり、鬼界ヶ島に残る理由にもなってちょうどいい」として、瀬尾にとどめを刺すのでした。
俊寛の選択で諸問題が解決し、丹左衛門は戸惑う千鳥を船に。
成経、康頼、千鳥の三人を乗せた船は、いよいよ大海原へと出航していきます。
おーい、おーい、と手を振り合い、別れていく船と岸。
鬼界ヶ島にひとり残ることを自ら選んだ俊寛でしたが、湧き上がる思いに突き動かされるように、浜を必死に走り、岩をよじ登り、遠ざかる船をいつまでもいつまでも見送るのでした。
幕切れの「思い切っても凡夫心」という象徴的で見事な詞章は、この芝居を何度見ても味わい深く胸に響きます。仏になろうと決意した俊寛も、凡夫だったのだと。
この言葉に、後悔、欲望、本能、懊悩、あらゆる人間的な思いが凝縮されているようです。自分自身の意志で究極の選択をした人間の情動をこれほど端的に表現できるものかと、浄瑠璃の世界の奥深さに感じ入るばかりです。
ここまでで平家女護島 俊寛の場面は幕となります。
参考文献:歌舞伎手帖 渡辺保/新版歌舞伎事典/床本 平家女護島 俊寛/歌舞伎登場人物事典