「乱闘で記憶されたことは後悔している」――日本野球が人生を変えた、元ロッテ・ディアズ氏のいま【後編】
「乱闘で記憶されたことは後悔している」――日本野球が人生を変えた、元ロッテ・ディアズ氏のいま【後編】2026/02/13
text By photo産経新聞社
「才能ある日本人選手が成功しない理由はない」ディアズ氏が送るメッセージ
――― 現在はどこで何をしているのでしょうか? ディアズ氏 今はハワイのマウイ島に野球とソフトボールの屋内施設を所有して、地元の選手をはじめ、アメリカ本土や海外から来る選手の指導をしているよ。ほぼ通年で大規模なユース大会、トレーニングキャンプ、クリニック、セミナーを開催している。また、『パシフィック・プライド・ベースボールクラブ』という組織を運営していて、他国や近隣の島々、本土へ遠征し、競技を通じて異文化を学ぶ活動も行っている。
――― 次世代を担う選手の育成に力を入れているのですね。 ディアズ氏 リモートプログラムは日本からも参加可能だから、これを読んで興味が沸いた子供がいたらぜひ連絡してほしいね。野球だけじゃなくて英語も勉強できるし、一石二鳥さ(笑)。 ――― では最後に日本のファンや子供たちにメッセージをお願いします。 ディアズ氏 野茂に始まりイチロー、大谷翔平と日本人選手がメジャーで一流になれることを証明した。今の子供たちにもそうなるチャンスはある。トレーニングのリソースも今や無限にある。メジャーで活躍するために唯一問題になるのが、フィールド外での生活様式や文化に慣れることだと思う。カルチャーショックもあるだろう。でも適切な指導者がいれば、才能ある日本人選手が成功しない理由はない。日本の文化と野球への愛と尊敬は、何よりもファンの皆様のおかげだ。日本での経験は私の人生を驚くべき形で永遠に変え、集団で互いを応援することの意義が、一人で行うよりもはるかに大きいという新たな視点を与えてくれた。日本がくれた思い出は永遠に大切にするよ。いつか必ず再訪の機会を得て、直接感謝の気持ちを伝えたいと願っている。 約35年前、日本の野球ファンに強烈な印象を残したディアズ氏だが、その野球キャリアは順風満帆だったわけではない。1978年のドラフトでシカゴ・カブスから指名されたが、その順位は30巡目(全体685位)というものだった。 その後は長いマイナー生活を経て、6年目に23歳でメジャーデビュー。ところがその年はわずか6試合に出場しただけで再びマイナーに降格した。メジャーに再び這い上がったのは、26歳の時だった。その後は2年間で28本塁打を放つなど活躍し、クリーンアップも担ったが、29歳で日本行きを決断した。 ディアズ氏の言葉を借りれば、「いい意味で人生を変えてくれた」のが日本のプロ野球だった。65歳となった“ランボー”がいつか指導者として日本の地に戻ってくることはあるか。
【著者プロフィール】 八木遊(やぎ・ゆう) 1976年生まれ。スポーツライター。米国で大学院を修了後、某スポーツデータ会社に就職。プロ野球、MLB、NFLなどの業務に携わる。現在は、MLBを中心とした野球記事、および競馬記事を執筆中。 著者ページへ
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【了】
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