「私ワリキリしかやってないから」…昭和の出会いツール「テレクラ」は今どうなっている? 潜入取材で見えてきた「売春の実態」
2024.09.13- #不正・事件・犯罪
週刊現代
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最盛期のテレクラは「Tinder」のような存在
「ええ、今からすぐに会えるけど、私ワリキリしかやってないから。ホテル代別で1万円は欲しいんだけど、それでもいい?」
うす暗い部屋に設置された、年季の入った受話器越しに聞こえてくるのは中年女性の声。その内容は、デートの誘いではなく”売春”の誘いだったーー。
テレフォンクラブとは、まだスマホや携帯電話が普及していなかった1980年代後半から90年代にかけて大流行した出会いツールだ。システムは至ってシンプル。男性が受付に料金を支払って個室に入り、そこに設置された電話機に女性からコールがかかってきたら会話を楽しむ。そこで意気投合したら外で会うという流れだ。歌舞伎町ウォッチャーの仙頭正教氏はこう解説する。
「当時テレクラに電話をかけてきたのは、遊び目的の女性がほとんどでした。女性がテレクラの電話番号を知るのは、雑誌の広告や街頭で配布されるティッシュ、駅付近の看板などがメイン。素人の女子大生やOL、はたまた女子高生が援助交際目的で電話をかけてくることもあり、現代で言うところの『Tinder』のような存在でした。最盛期には都内だけでも数百軒のテレクラが営業しており、歌舞伎町だけでも30軒ほどがひしめき合っていたようで、破竹の勢いで全国に増えていきました」
テレクラ室内の電話機 -AD-だが、そんな昭和の出会いツールは徐々に衰退していく。2000年代に入ると、出会い系サイトを中心としたインターネットの出会いが一般化し、出会い喫茶などの新しい業態も誕生。その影響でオールドツールであるテレクラの店舗数は減少していった。
「現在は確認できているだけでも、全国でわずか13店舗ほどしか営業していません。それも都内にある『R』や、広島にある一部店舗をのぞいてすべて個人店。およそ10年前まではまだ50店舗ほど営業していましたが、それもコロナの影響で激減しました。正直なところ、今もテレクラを利用するのは男女問わず『出会い系サイトに移行できない、またはしない人たち』しか残っていません」(仙頭氏、以下「」も)
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