ゆるむしの森プロジェクト
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カテゴリー:科学おもしろ話

はじめに

アカボシゴマダラ Hestina assimilis はタテハチョウ科、コムラサキ亜科、ヘスティナ属のチョウ種です。東アジアに広く分布しており、生息域はベトナム北部、大陸中国南部~東部、朝鮮半島と周辺の島嶼、および日本にまたがっています [1]。その分布域は、幼虫の食草であるエノキ属 Celtis 樹木の分布と重なります。

日本に分布するアカボシゴマダラは、関東を中心に分布する名義タイプ亜種の H. a. assimilis(図1)と奄美諸島に分布する別亜種の H. a. shirakii が含まれます後者は土着種ですが、前者は外来種と考えられています。台湾には、さらに別亜種の H. a. formosana が分布しています。

図1. 関東産名義タイプ亜種アガボシゴマダラ♂の春型および夏型(一般に前翅長は35–50 mm).  名義タイプ亜種とは、複数の亜種が存在するときに分類上元になる本家の亜種のことで、自動的に種名と亜種名は同じになる(すなわち、学名で表すと Hestina assimilis assimilis).

今回、私たちは、関東に分布するアカボシゴマダラの季節的分布に関して詳しいフィールド調査を行い、その結果をまとめて電子ジャーナル Lepidoptera Science(日本鱗翅学会出版)に原著論文として発表しました [2]。その内容をニュースリリースとしてこのブログで紹介します。

1. 背景

日本本土で最初にアカボシゴマダラが見つかったのは埼玉県内の公園で、1995 年のことです。この時は一過性のものと思われましたが、1998 年に神奈川県で見つかり、その後定着が確認されました。2000 年に入ると、関東のあちこちで目撃されるようになり、分布域は関東を中心にあっという間に拡がりました。

日本では奄美諸島に在来亜種 H. a. shirakii が生息していますが、地理的に遠く離れた関東で突然アカボシゴマダラが見つかったことは、いかにも奇異です。加えてその表現型(羽の模様など)は、奄美亜種よりも中国大陸に分布する名義タイプ亜種に似ていました。これらの点から、関東のアカボシゴマダラは、中国大陸から人為的に持ち込まれ、意図的に放蝶された(あるいは逃げ出した)ものが、その後定着した外来種と考えられました。

ただ、本州に分布するアカボシゴマダラの春型成虫は明確に白化しますが(図1 左)、中国東北部や朝鮮半島に生息する名義タイプ亜種は白化せず、中国中部からベトナム北部の南方系にその性質があるとされています [3]。この点は、本州のアカボシゴマダラの起源を探るのにヒントになるかもしれません。

外来種としてのアカボシゴマダラについて懸念されることは、主に以下の三つです。

1) エノキ Celtis sinensis を食草とする在来種(ゴマダラチョウやオオムラサキなど)との幼虫段階における競合が起こる可能性

2) 系統的類縁種との間の繁殖干渉による生態学的悪影響の可能性

3) 奄美諸島の土着亜種 H. a. shirakii と交雑が起こる可能性

これらの懸念事項を踏まえて、2018 年、環境省は本土のアカボシゴマダラを特定外来生物に指定しました [1]。

外来種としてアカボシゴマダラはいち早く注目を集め、その生態学的影響の観点から多くの調査研究がなされてきました。それらの中で、少なくとも二つの重要な現象・知見が得られてきました。

一つは、同属異種であるゴマダラチョウ Hestina japonica の季節的発生とほとんど重なり、しばしばゴマダラチョウを圧迫している様子があること、もう一つはアカボシゴマダラの幼虫はエノキの成木よりも低幼木に集中的に発生して、高木を好むゴマダラチョウとは棲み分けを行っているのではないかということです。

これらの現象は、在来種へのアカボシゴマダラの影響について異なる解釈を与えるものです。しかし、これまでの情報はまだ断片的であり、アカボシゴマダラの生態についてはよくわかっていないことも多々あります。何よりも発生に関する長期間の定量的なデータがほとんど得られていないという状況がありました。アカボシゴマダラの生態学的影響を論じるためには、まずはこのような情報が必須です。

そこで私たちは、アカボシゴマダラの季節的発生について詳しい定量データを得ることを目的として、千葉県北西部、埼玉県東部(ゆるむしの森)、および愛知県豊橋市における分布調査研究を数年に亘って行いました。

2. 研究の概要と成果

私たちがまず考えたことは、どうやってアカボシゴマダラの季節的発生を定量化するかということです。自然環境下で全ての産卵から羽化までのプロセスを追うことはほぼ不可能であり、調査を効率化する必要がありました。

アカボシゴマダラは幼虫(基本的に 4 齢)で越冬し、春に起眠し、5 齢に脱皮して1 化目の羽化に至ります。そこで、5 齢(終齢)幼虫の発生を見つけ、そのまま羽化まで追い、さらに越冬幼虫(短角型幼虫)の発生のプロセスを抑えれば、季節的発生サイクルの全体像が掴めると考えました。

次にその調査をどこで、どのようなタイミングで行うかという課題がありました。予備調査の結果、従来の仮説どおり、アカボシゴマダラは低幼木(特に樹高 4 m 以下)に、ゴマダラチョウは高木に越冬幼虫が集中的に見つかることを確認しました。

この予備調査で特に重要なのは、アカボシゴマダラがまだ侵入していなかった豊橋市において、ゴマダラチョウの越冬幼虫が高木により多く検出されたことであり、高木>低幼木の選好性は、アカボシゴマダラの影響とは無関係であるということです。豊橋市でアカボシゴマダラの越冬幼虫が見つかるようになったのは、2020 年以降でした。

このような予備調査の結果に基づいて、エノキ伐採の頻度が少なかった千葉県北西部の公園・緑地、および私たちが管理しているゆるむしの森を調査地として選定しました。2019 年から 5 年間、低幼木(<4 m)のエノキを対象として、アカボシゴマダラの 5 齢幼虫の発生と羽化、越冬幼虫の発生を本格的に追跡しました。

結果を図 1 に要約します。2019–2023 年における 5 齢幼虫の発生数および成虫の発生数を合計して、それぞれ図1の上下に示してあります。この図から分かるように、5 齢幼虫は 4月、6月、8月、9–10月の年 4 回発生し、5 齢の発生から 18–38 日遅れて成虫が発生することがわかりました。

図2. 2019–2023 年におけるアカボシゴマダラ 5 齢幼虫の季節的発生数(上)および羽化数(下).論文 [2] に基づき作成..

これらのなかで、4 化目の発生数が最も少ないことがわかります。その理由は、3 化目の成虫から発生する 3 齢幼虫の多くが 4 化目に向かわず、10 月に集中して休眠(短角)型 4 齢に脱皮して越冬に至るためです。結果として、3 化目世代から発生する休眠型(短角型) 4 齢、および短角にならない 4 齢を経由して 5 齢→羽化(4化目の発生)に至る幼虫数の比は約 5 : 1 となりました(図3)。

図3. 3 化目の産卵から発生する 3 齢幼虫のその後の行き先.短角 4 齢幼虫に脱皮し越冬するのが 81.0%、ノーマルに 4 齢→ 5 齢→蛹を経て羽化するのが 16.2%、蛹にならず長角 5 齢のまま越冬するのが 2.0%、短角 5 齢で越冬するのが 0.8%.論文 [2] に基づき作成..

図 1 下に示すように、4 化目の成虫は 9 月下旬から 12 月まで発生しますが、それらのなかで、11 月以降に羽化する個体の一部は春型(図 1 左)に類似した白化の傾向を示しました。一方、3 化目から発生した 5 齢の少数は蛹にならず(4 化に行かない)、そのまま越冬しました。加えて、長角 4 齢から休眠型 5 齢に脱皮して越冬する個体も存在しました(図3)。

4 化目の成虫ではなお産卵が見られ、多くはふ化しないか、ふ化しても成長過程で死亡し、次世代に繋げないという従来の説を支持するものでした。しかし、今回の重要な知見の一つとして、まれに 10 月に発生した 1 齢幼虫が休眠型 4 齢に成長し、越冬する例が見られました。つまり、アカボシゴマダラが年 3 回の基本世代サイクルと部分的な4世代サイクルをもつことを実証しました。

このように二つの世代サイクルがあることや、越冬態にも多様性があることは(図3)、本州のアカボシゴマダラが、まだ土地の気候に十分に馴化していないことを暗示させます。もし、日本に持ちこまれた個体が南方系の名義タイプ亜種 [3] であるとするなら、余計にそうかもしれません。

休眠型幼虫の大部分は、エノキ葉上から一時的に幹上に移動しますが、最終的に落葉下で越冬しました。一方、幹上で完全越冬するものは 3.8% 以下に過ぎませんでした。このように、大部分の休眠型幼虫は落葉下で越冬するため、従来言われてきたような幹上越冬による春の起眠時の生態学的有利さはないと考えられました。

エノキ低幼木においては、在来種のゴマダラチョウも発生します。しかし今回の調査で、アカボシゴマダラ、ゴマダラチョウのいずれか、あるいは両種の幼虫が同時に検出された全低幼木のなかで、共存する割合は 1.5% と小さなものでした。

上記のように、アカボシゴマダラとゴマダラチョウとではエノキの大きさについて異なる選好性があること、および低幼木における幼虫の共存する割合が全体の 1.5% と小さいことは、従来から懸念されている幼虫段階での食草をめぐる異種間競合は、きわめて小さい可能性を示しています。

3. 波及効果と今後の課題

本研究は、アカボシゴマダラの季節的発生について、複数年に亘る追跡によって初めて定量的に明らかにしたものであり、食樹サイズの選好性に関する情報の混乱を整理するものでもあります。これらの時空間分布に関する知見は、アカボシゴマダラの生態についてのさらなる理解を深める材料となり、外来種としての従来の懸念の修正を迫ることになるでしょう。

上記の背景でも述べましたが、アカボシゴマダラの懸念事項の一つは、エノキを食草とする在来種(ゴマダラチョウなど)との幼虫段階における競合が起こるのでは?ということでした。しかし、今回の調査研究は、この可能性が極めて小さいものであり、実質無視できる程度のものであることを示しています。

エノキ高木におけるアカボシゴマダラとゴマダラチョウの分布については、本論文では予備的データしか示していませんが、今後より広い範囲でのエノキ高木における両種の分布を探ることにより、両種の空間的棲み分けについての確証を得ることができると考えられます。私たちはすでに、広範囲におけるエノキ高木の調査データやエノキの成長に伴うアカボシゴマダラとゴマダラチョウの種遷移のデータを得ており、別途報告の予定です。

外来種としての残る懸念の一つとして繁殖干渉の問題がありますが、そもそもアカボシゴマダラとゴマダラチョウは、朝鮮半島や中国大陸の広範囲で土着種として共存しています。繁殖干渉の問題があれば報告があると考えられますが、今のところそのような文献は見当たらないようです。

アカボシゴマダラがゴマダラチョウを追いかけたり、樹液場で追い出したりすることもしばしば見かけますが、これらの行動がゴマダラチョウの個体数に影響を与えているかどうかは不明です。私たちがゆるむしの森で調査している限りにおいては、今のところ有意な変化はありません。いずれにせよ、繁殖干渉の影響があるか否かについては、長期間の詳しい調査を行う必要があります。

異種間交雑の問題としては、実験下で雑交したゴマダラチョウ♂とアカボシゴマダラの♀との個体が成虫まで羽化した報告があります [4]。しかし、雑種の羽化率は低く、野外での浸透性交雑の可能性は低いと考えられています [1]。私たちは、20 年近く自然界でのアカボシゴマダラの異種間交尾や幼虫を見てきていますが、ゴマダラチョウやオオムラサキとの交雑個体と思われる異常形態幼虫はこれまで確認できていません [5]。

奄美亜種 shirakii と本土亜種 assimilis の交雑の可能性に関しては、これはもう完全に人間の問題です。特定外来生物ならずとも、勝手に本土のチョウ種を奄美や周辺島嶼に持ち込んではいけませんし、逆に奄美から持ち出して野外放出するのもいけません。台風などの影響での飛来は、むしろ南方からの可能性が高いでしょう。

今回の論文は 2024 年春までの調査記録に基づくものですが、アカボシゴマダラの発生に及ぼす気候変動・地球温暖化の影響は大きいようで、2024 年以降、すでに発生パターンにズレが生じてきています。この面で、本州産アカボシゴマダラの発生温度特性(積算温度など)の解明とともに、季節発生の年次変化を引き続き追っていく必要があります。

おわりにー謝辞

私たちのアカボシゴマダラの調査は、2008 年に関東において始まりました。一方、愛知県豊橋市におけるアカボシゴマダラの調査は、2014 年に初めて豊橋公園で成虫を目撃したことと、愛知県東三河生態系ネットワーク協議会との議論が動機づけになりました。ゆるむしの森(埼玉県東部)における調査は、調査地の地権者のご厚意の下で引き続き行われています。また、同地における調査は、環境省「里地モニタリング1000」事業の一環として実施しています。あらためて関係者諸氏に謝意を表します。

引用文献

[1] 国立研究開発法人 国立環境研究所: アカボシゴマダラ. 侵入生物データベース. https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/60400.html

[2] Hiraishi, A. and Hiraishi, R.: Seasonal occurrence of the non-native nymphalid butterfly Hestina assimilis in the Kanto region, Japan. Lepidoptera Sci. 77: 35–55 (2026). https://doi.org/10.18984/lepid.77.1_35

[3] 柏原精一: 奄美から望む中国大陸 : 特異な虫たちは何処から?  やどりが. (226), 12–17 (2010). https://doi.org/10.18984/yadoriga.2010.226_12

[4] 石垣彰一: 本州産アカボシゴマダラとゴマダラチョウの雑交実験について. やどりが. (219), 42–45 (2009). https://doi.org/10.18984/yadoriga.2009.219_42

[5] 平石明・平石玲奈: アカボシゴマダラの幼虫の形態的多様性および類縁種幼虫との見分け方. やどりが. (289), 2026. 受理中.

        

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