ワニ狩り連絡帳2
小間使の日記(字幕版)
Amazon1939年に「傑作」と目される『ゲームの規則』を撮ったジャン・ルノワールは、その後ナチスのフランス侵攻から逃れてアメリカへ渡った。アメリカでも5本の映画を撮ったが、評判のいい『南部の人』の次に撮ったのが、この『小間使の日記』。 もちろん、先日観たルイス・ブニュエル監督のものと同じくオクターヴ・ミルボーの原作によるものだが、これがけっこうストーリーに違いがある。オープニングのクレジットにはアンドレ・ド・ロードという人らの戯曲にもよる、と書かれているので、その戯曲による改変なのか、その戯曲はそもそもオクターヴ・ミルボーの小説とは無関係なのか、そのあたりのことはまるでわからない。そして映画のための脚本を書いたのは、この映画のプロデューサーであり、また出演もしているバージェス・メレディスの手になるもの。 バージェス・メレディスは1930年代から90年代にかけての長いあいだ、いろんな映画に出演されていた俳優で、わたしもその名前は聞いたことがあった。 そしてこの映画の制作時、バージェス・メレディスの夫人は、この映画のヒロインを演じたポーレット・ゴダードなのだった。ポーレット・ゴダードはメレディスと結婚する前はチャップリンの夫人として知られていたし、当時のハリウッドの大スターだった(1949年にメレディスと離婚したあとは、『西部戦線異状なし』の原作者のレマルクと結婚しておられるのだ)。 この映画のサントラにはけっこう既成の有名曲が使われちゃってるのだけれども、ポーレット・ゴダードのシーンで『ライムライト』が使われているのは、そういう露骨な理由からなのだろう。 あと、映画を観始めてちょっとおどろいたのは、セレスティーナ(ポーレット・ゴダード)の奉公先の屋敷の女主人が、ヒッチコックの『レベッカ』であの強烈な女執事を演じていたジュディス・アンダーソンだったことで、「また『レベッカ』のように冷酷な女主人を演じてみせるのか」と思って期待したが、今回はずっとマイルドな感じではあった。
さて、この映画でのセレスティーナは、ブニュエル版よりもずっとしたたかで気が強く、思うことをずけずけと言ってのける人物であった。そして屋敷の主人も女主人もその性格はブニュエル版と同様だが、けっこう印象は薄い感じだし、そもそもフェティシストの祖父は登場しない。その代わりに実家の気風が嫌いで屋敷に寄り付かないでいる息子のジョルジュ、というのがいて、この人物がセレスティーナと恋に落ちるのではある。 一方、屋敷の主人と犬猿の仲の隣人の大尉はブニュエル版と同じく登場し、この人物をバージェス・メレディスが演じているが、何と言うのか、いささか躁病的な大騒ぎをする人物であり、この映画の前半のコメディー的要素を盛り上げる。 それでブニュエル版で使用人で登場したジョセフは執事として登場するが、この映画では少女の殺人事件とかは起こらないけれども、陰謀をめぐらす邪悪な人物、という感じではある。彼がシェルブールでカフェを開く夢を持っていて、セレスティーナと結婚していっしょに店をやって行こうと誘うのはブニュエル版と同じだが、実は彼は開店資金を持っていないわけで、屋敷から盗み出そうと考えているのだ。
はっきり言って、この屋敷内のドラマは、シリアスなドラマなのかコメディ仕立てなのか観ていてとまどってしまうところがあるのだけれども、これがラストに年に一度に村じゅうが祝う7月15日の「革命記念日」になり、この祭りがクライマックスとなる。 ここでジャン・ルノワール監督のアイデンティティーが活かされるというか、「フランスが舞台の映画なのだ」ということが急に前面に出てくる。 村人らは皆「共和国、万歳!」と総出で祝うのだが、これが屋敷の連中は「王党派」で、ぜったいに村の祭りに参加しないのだ。ジョルジュだけはセレスティーナと村の祭りに出かけ、互いの想いを育むことになるけれど、同時にそのときジョセフがむりやりセレスティーナと婚約し、屋敷の宝物を入手してシェルブールへ出立しようとする。これをジョルジュが阻止したが、ジョセフは隣家の大尉を殺して金を奪い、逃走しようとする。 ジョセフは村人の祭りのなかに逃げ込むが、追ってきたジョルジュと群衆のなかで争うのだ。なお逃げようとしたジョセフは群衆に倒されてしまい、セレスティーナとジョルジュは列車に乗って、その地をあとにするのであった。
原作の意図したブルジョワジーへの侮蔑は、ブルジョワジーを笑いものにしているということでゆんわりと実現している感じだったし、「つまりは彼らは旧的な<反共和主義者>なのだった」みたいなオチで、正直観てもそこまでに面白いわけでもない。けっこう「したたか」に思われたセレスティーナも、終盤には「恋に悩む」という感じで、序盤のあの勢いはどこへ行ってしまったのか、というところであった。 ただ、その「革命記念日」を祝う群衆シーン、ジョルジュとジョセフの争いを吞み込んでしまう群衆シーンは「さすが」というか強烈で、このカメラワーク、演出は一級品で、「見ごたえがある」どころではない。もう原作がどうのこうのなどどうでもよくって、ただこの終盤の群衆シーンだけ記憶しておけばいいのではないか。わたしにはそういう映画だった。