AVデビューで人気絶頂、大病中に命をかけてステージへ…元AV女優「麻美ゆま」が語った“過去”と“これから”~『街録ch』
AVデビューで人気絶頂、大病中に命をかけてステージへ…元AV女優「麻美ゆま」が語った“過去”と“これから”~『街録ch』

AVデビューで人気絶頂、大病中に命をかけてステージへ…元AV女優「麻美ゆま」が語った“過去”と“これから”~『街録ch』

2021.08.01
    AVデビューで人気絶頂、大病中に命をかけてステージへ…元AV女優「麻美ゆま」が語った“過去”と“これから”~『街録ch』

    落合 龍平

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    両親の離婚と再婚。バイト漬けの高校生活と親愛の兄の突然の死。人気YouTubeチャンネル『街録ch』に出演した麻美ゆまが語る半生は壮絶だった。前編記事『腹違いの兄が自殺、極貧の果てのAVデビュー…元AV女優「麻美ゆま」が明かす壮絶人生』ではそんな麻美ゆまが上京しタレントとして活動を始めた中で、事務所からAV出演を麻美に打診された顛末を紹介した。

    そして、AVデビューから人気絶頂時の大病へ――いま彼女が語った“過去”と“これから”とは。

    大人気の『街録ch』 麻美ゆまさんが出演する『街録ch』の動画を見る

    AVは誰にでもできる仕事ではない

    「無理ですよ。絶対嫌ですって言ったんですけど、全然通じなくて。むしろ『いや、何泣いてんの』っていう感じでした。

    その事務所自体、お姉ちゃんが紹介してくれたので、最初はお姉ちゃんにも相談できなくて。一人で悩んでいました。

    ただ、AVならお金が稼げると聞いて、実家の経済状況や、海外留学のことを考えると、心が揺れ動いたんですよね。グラビアやりながらこつこつ働いても、いつ留学費用が貯まるかわからないような状況だったし」

    AV出演を打診され、葛藤は続いた。(街録ch) -AD-

    当時彼女は18歳。今考えると「思い留まったほうが良かった、と思うこともある」と言う。

    当時のマネージャーからは「嫌な気持ちも分かるけど、AVは誰にでもできる仕事じゃないというのも分かってほしい」と説得されたという。

    「母親に相談すると、『あんたの人生なんだし好きなようにすればいい』って言うわけじゃないですか。家にお金がないことは知っていたし、もっと親に楽をさせてあげたいとも思った。お父さんも身体がどんどん悪くなってきてたし……。

    あんまりそういう風に言うと、AVに出たことを美化しているように見えるかも知れないですけど……」

    「恥ずかしがっている場合じゃない」

    「やるからには中途半端は嫌だった。単にお金のためっていうのもなんか嫌で」と語る麻美ゆま。

    中途半端は嫌だった。(街録chより) -AD-

    当時AVにはレンタルとセルの区別があったが、デビューを決意した彼女のもとに、セルとレンタル両方の大手2社からオファーがあった。

    「セルだけならバレない」と聞いて、そのうちの1社に絞ろうと思っていると、事務所から2社とも契約するよう説得されたという。デビューすればブレイク間違いなしの「大型新人」を前に、事務所も必死だったのだろうか。

    デビューまでは後ろ髪を引かれる思いだった彼女だが、撮影現場の雰囲気を体験し、表現者の自覚が芽生えたという。

    「今回こういう撮影をしますっていう打ち合わせがあって、びっくりしました。 ちょっと怖いというか、ダークサイドなイメージがあったので、そんなに丁寧に作っていくんだっていうことにまずびっくりしました。しかも当日現場にいくと、スタッフさんが沢山いるわけですよ。ラブホにいってさあどうぞ、みたいな感じだと思ってたら、こんなちゃんとしてるんだって、驚きました」

    「『これ私、恥ずかしがってる場合じゃないぞ』って思いました。作品のためにこんなに沢山の人が動いているのに、私が『できない』って言うのは失礼にあたるというか……。現場を見て、私の中で作品への情熱みたいなものが、フツフツしたんでしょうね」

    「初めての撮影で、インタビューシーンがあったんです。どんな女優さんになりたいですかと聞かれて、『寂しいときとか辛いときは私の笑顔で元気になってもらいたいです』って答えたんです。少しでも人にパワーをあげられたらいいなって。それは今でも、麻美ゆまとして大事にしていることだったりします」

    上手くやれる自信はあった!(街録chより) -AD-

    デビューから人気沸騰で見失った夢……

    事務所の期待通り、デビュー後すぐ人気が爆発。出演作はランキング上位に食い込み、さまざまな賞も獲得。さらにデビュー半年で連続ドラマの出演が決まるなど、活動の場を広げていく。

    その反面、仕事が忙しくなり過ぎてしまい、「お金を貯めて海外留学」の夢から遠ざかってしまう。その分、彼女の芸名である「麻美ゆま」としての活動にのめり込んでいった。

    「名前は当時のマネージャーさんがつけてくれました。自分に丸っこいイメージがあるので『ゆま』に。『麻美』は検索して他の女優さんと被らないことから決まりました」

    麻美ゆまの活動の一つの頂点となったのが「恵比寿マスカッツ」だ。

    「恵比寿マスカッツ」はテレビ東京の深夜番組『おねがい!マスカット』から生まれたアイドルグループ。当時人気のAV女優やグラビアアイドルらが深夜番組ノリの企画に悪戦苦闘する姿が人気を集めた。

    「バラエティー番組自体が怖くて。何をしていいのか全くわからなくて。だから収録の後はみんな泣きながら帰ってました。なにもできなかった口惜しさで一杯でした」

    「演出のマッコイ斎藤さんに、『お前らは芸人じゃないんだからよ』って説教されました。

    なんとかして笑わさなきゃいけないって思ってたんですよ。そんな技はないんですけど、やるからにはなにか残したいし。『番組の元気印』『涙の歌姫』というキャッチフレーズをつけていただいたんですけど、そういうキャラを見出してもらうまではみんな迷宮入りみたいな感じで」

    第二の青春「恵比寿マスカッツ」の挑戦(街録chより) -AD-

    「ビデオの世界では、男性のために『綺麗ないい女』を演じているわけじゃないですか。けど番組では、パンストを被らされたり、パイ投げで顔がべちゃべちゃになったり。ファンの皆さんの前で、これをやっていいのかなっていう葛藤もありました」

    「『涙のリサイタル』っていうコーナーがあったんですけど、『ヤバいねあれ、面白い』って言ってもらえて。それまで面白いって褒められたことがなかったのでうれしかった。

    エロくて可愛くて、なおかつ面白いっていうのは『恵比寿マスカッツ』にしかできない。私にとっては『第二の青春』でした」

    人気絶頂時に襲い掛かった病魔

    約5年間活動した「恵比寿マスカッツ」は、「人気者のまま解散したい」というマッコイ斎藤氏の意向もあって、2013年に解散が決定。ちょうどその頃、麻美ゆまを新たな試練が襲う。

    「当時、痩せたねと言われてたんですけど、ダイエットもしてたので、あまり気にしていなかったんです。ただ解散ツアーがいよいよ始まるころ、お腹がまるで妊娠したように膨れてきて……。

    蒼井そらちゃんに相談したら、『早めに病院へ行ったほうがいい』と言われて。病院に行っていろいろ検査すると、卵巣がんの疑いがあると言われました」

    卵巣がんの発覚し、再び試練を迎える。(街録chより) -AD-

    最終的な診断は卵巣の境界悪性腫瘍。すぐ摘出手術が必要な状態という、衝撃的な結果だった。

    場所が場所だけに、摘出すれば将来の妊娠・出産に大きな影響がある。かといって摘出しなければ、最終的に命を落とす可能性もある。しかし「第二の青春」として全てを捧げた「恵比寿マスカッツ」の解散ライブも控えている。仕事に穴をあけられる状況ではなかった。

    「え? 私のこと言ってるんですか、みたいな感じでした。じゃあ子供は? とか、生きられるの? とか、解散ライブも出られないの? とか……。何が何だかわからなくて。確かに怠いな、お腹が苦しいな、とかはあったんですけど、痛いわけじゃなかったので、ギリギリまで働きたいなと思ってたんです」

    もともと働くのが好きな彼女。十代のころも留学のため寝る間を惜しんで働いていた。つい治療より解散ライブを優先しようとする彼女に、「おねがい!マスカット」総合演出、マッコイ斎藤氏の一言が突き刺さったという。

    「本当に大事にしてきた恵比寿マスカッツだから、解散ライブはどんな形でも出たかった。むしろ仕事をしている方が病気のことを忘れられると思ってたんです。マッコイさんにもそう伝えたんです。すると逆に、『今のあなたは、病気を治すことが仕事です』と言われました。

    その言葉をきっかけに、『今病気と向き合わないと、この先何もできなくなる』と思えるようになりました」

    いつも試練に向き合ってきた。(街録chより) -AD-

    カツラで出た晴れ舞台で「自分の価値」を発見

    2013年2月25日に摘出手術を受け、抗がん剤の治療も開始される。

    抗がん剤には吐き気や脱毛、白血球が減る骨髄抑制などの副作用がある。普通なら仕事どころではない。

    一方、解散ライブは13年4月7日。回復を待っている余裕はなかった。そこで、ちょうど解散ライブの頃に副作用が落ち着いてくるように、抗がん剤治療の日程を調整したという。まさに命をかけたライブ出演だった。

    「たとえ死んでもいいから解散ライブには出たいと思ってました。ちょうど脱毛が始まっていた時期だったんですが、脱毛くらいならカツラを被れば出られると思って……」

    「解散ライブは2日間あって、2日目だけに出ました。全部で7時間もの長丁場で、まだ手術して間もない時期。正直、お腹の傷には響いていました。でも、ステージに出て、麻美ゆまですって言った瞬間に、みんながワーッとなって。するともう無敵状態というか、全然気にならなくなって……。歓声って、それだけで力を与えてくれるんだなって思いました」

    「麻美ゆまはまだ終わらない」

    「あの瞬間、全部終わってもいいや、っていうくらいの気持ちになりましたね。 生きてて良かったな、頑張ってよかったなって。言葉にできないくらいの感動がありました。

    麻美ゆまにならなかったら、そんな経験はできなかった。麻美ゆまでいさせてくれたことへの感謝、麻美ゆまになれてよかったなって思う瞬間でした」

    「私は不幸なのかというと、むしろ全然幸せだなって思います」(街録ch) -AD-

    発病から5年以上が経過。再発もなく、現在は元気に過ごしているという。

    AV女優は事実上引退し、夢だった海外留学も経験。現在は音楽活動を中心に幅広く活躍しているという。

    「私は元AV女優だし、大きな病気もした。タレントとしては使いにくいじゃないですか。それなのにCDデビューまでさせてもらった。スタッフさんをはじめ、周りの人には本当に感謝しています」

    「正直、自分に価値なんてあるんだろうかって思ってしまう時もあります。かといって、じゃあ私は不幸せなのかというと、むしろ全然幸せだなって思います。闘病中によく日記を書いていました。その中に、『麻美ゆまはまだ終わらない』っていう言葉を書いていました。

    これまでの人生も、全く予想していないことばかりだった。だから麻美ゆまとしての今後も、まだまだどこの先どうなるかわからないと思うんです。だからファンの皆さんには、今後の麻美ゆまを楽しみにしててもらいたいですね」

    病気を乗り越えて、人間的にも成長し、新たな輝きを放つ麻美ゆま。

    その輝きで、きっと今後も人々を元気にさせてくれるはずだ。

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