「何ということを…」前首相襲撃に絶句した母親 証人として語った木村隆二被告のこれまで
「何ということを…」前首相襲撃に絶句した母親 証人として語った木村隆二被告のこれまで2025/2/6 18:44- 社会
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和歌山市の漁港で令和5年4月、岸田文雄前首相の演説会場に爆発物が投げ込まれた事件で、殺人未遂罪などに問われた無職、木村隆二被告(25)の裁判員裁判の第3回公判が6日、和歌山地裁(福島恵子裁判長)で開かれた。弁護側の証人として出廷した母親は「(息子が)何ということをやってしまったのか」と心情を語り、謝罪した。
証言によると、小学生時代にはサッカーやそろばん、英語を習い活発だった被告が変わったのは中学生の頃。当時関係がうまくいかなくなっていた父親と似た風貌の教師が中学校にいたことが原因だったという。
高校卒業後、栄養士になるための専門学校に進んだのは、被告が小さな頃に「パティシエ」になりたいと言っていたのを母親が思い出し、勧めたことがきっかけ。授業などで「世界には飢えている子がいることを学んだ」と話してくれたことが印象に残っている。
母親から見て、「『こんなことで』というところでまじめ」だったという被告。車がほとんど通らない場所でもきちんと信号を守り、駅で電車を待っている際に順番を抜かされたと駅員に訴えたこともあったという。
そんな性格が、選挙制度への不満という事件の動機につながったのか。自宅でも制度の不満を口にすることはあったが、母親は被告の意見に耳を傾けることはなかったという。だからこそ、事件の一報を知った際には「何でそんなことを」と言葉を失った。爆発物は自宅で製造されていたが、思い当たることは「今振り返っても全くない」と述べた。
昨年には、現場の雑賀崎(さいかざき)漁港の漁業協同組合に謝罪に訪れた。法廷では「本人の気持ちを聞き、話し合いを深くできていれば違った結果になったのかなと思う」と後悔を口にし、被告が罪を償った後には「一緒に生きていき、間違ったやり方は何が何でも止める」と証言した。
被告は母親の尋問の間、弁護側の席に座り、うつむきながらじっと耳を傾けていた。
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