sogensyookuのブログ
阪神甲子園球場の見学を終えて、尼崎市大庄西町3丁目にある、旧大庄村役場を訪れた。
ここは現在、尼崎市立大庄公民館となっている。
旧大庄村役場尼崎市の大庄地区は、昭和17年に尼崎市に合併されるまで、兵庫県武庫郡大庄村という自治体であった。
私の父方の祖父は、この大庄村の出身である。
旧大庄村役場は、昭和12年に竣工した。文化勲章受章者でもある建築家村野藤吾の設計した建物である。
私の祖父は、昭和10年に西宮の祖母の家に婿入りしたので、この建物が完成した頃には大庄村には住んでいなかった。
旧大庄村役場この建物は、なかなか洒落ている。
鉄筋コンクリート造りの3階建、地下1階建で、茶褐色のタイルが外壁全面に貼られ、鷲やギリシャ神話の伝説上の動物グリフィンのレリーフが飾られるなどしている。
鷲のレリーフ 玄関脇の装飾 玄関前のアーチ状の天井タイル張りの外壁というものは、長持ちするものである。
完成してから90年近く経っているが、全く劣化していない。
旧大庄村役場 窓の意匠 旧大庄村役場 グリフィンのレリーフこの建物も、阪神間モダニズムの時代に生まれたものである。
国登録有形文化財になっている。
鉄筋コンクリート製の回廊建物の最高部には、オリーブの透かし彫りのレリーフがある。
建物の最高部 オリーブの透かし彫り大庄村は、昭和9年の室戸台風の直撃で甚大な被害を受けたが、昭和10年代には尼崎、西宮の臨海地帯の工業化により、数年で人口が倍増する急発展をし、歳入も大幅な黒字となって、日本一の大村と呼ばれるようになった。
この旧大庄村役場は、当時最先端の建物であり、財政が潤沢だった大庄村の勢いを現わしている。
旧大庄村役場の東隣には、尼崎市立大庄小学校がある。
尼崎市立大庄小学校尼崎市立大庄小学校の南校舎は昭和11年に建てられ、北校舎は西側が昭和8年に建てられ、東側が昭和10年に増築された。
昭和9年の室戸台風で木造校舎が全壊し、多くの生徒が下敷きになって亡くなったそうだ。
これらの鉄筋工ンクリート製の校舎は、室戸台風からの復興の過程で新築されたものである。
南校舎 南校舎中央南校舎中央の建物には、舟形の窓が7つ設置されている。
天に伸び行くような窓である。
外壁はベージュとオレンジに塗られている。明るくモダンな校舎である。
南校舎東側北側公舎は、彩色されていない。
これはこれで、昭和初期の建物らしくていいものである。
北校舎西側 北校舎中央 北校舎東側体育館もかまぼこ型の鉄筋工クリート製の建物である。
この建物も、古いものであろう。
体育館今回大庄地区を訪れたことで、室戸台風がもたらした甚大な被害を初めて知った。
天災は、時と共に風化していく。
だがこのように、天災からの復興の過程で建設された建物が、時代を越えて残ることもあるのである。