【大東亜戦争とは】簡単にわかりやすく解説!!開戦の原因や結果・その後など
昭和20年までの日本は戦争が続いていた時代でした。
同じ戦争でも戦中と戦後で呼ばれ方が変わったものもあります。
今回はその中の一つ「大東亜戦争」について簡単にわかりやすく解説していきます。
目次
- 1 大東亜戦争とは?
- 2 大東亜戦争の始まりはいつから?
- 3 大東亜戦争の原因
- 3.1 ①日米通商航海条約の破棄
- 3.2 ②日米交渉の開始
- 3.3 ③日米交渉の決裂
- 4 大東亜戦争の結果とその後
- 4.1 ①大東亜戦争の結果
- 4.2 ②その後
- 5 まとめ
大東亜戦争とは?
大東亜戦争とは、日本がアメリカやイギリスなどと戦った太平洋戦争と中国と戦った日中戦争を総称した戦争です。
大東亜戦争という名称は対英米宣戦布告が行われた数日後の1941年(昭和16年)12月12日に東條内閣が閣議決定して決めました。これまで支那事変と呼ばれていた日中戦争も含めて大東亜戦争と呼ぶことにしたのです。
名称の由来はアメリカやイギリスとの戦争を彼らの植民地からアジア諸国を解放し大東亜共栄圏を共に建設することを目的として始めた、としたからです。
戦時中の日本で使われていたこの呼び方は戦後にはGHQによって禁止されてしまい、現在は公式には使われていません。
大東亜戦争の始まりはいつから?
(開戦翌年の1942年に発行された「大東亜戦争国庫債券」 出典:Wikipedia)
大東亜戦争の開始時期については2説あります。
即ち、太平洋戦争の開始をもって大東亜戦争の開始とする説と支那事変(日中戦争)の開始をもって大東亜戦争の開始とする説です。
2つの異なった説が出る要因は閣議決定の文言とその翌年に出された昭和17年法律第9号によります。
以下にその内容を示します。
【閣議決定】
「今次の対英米決戦は、支那事変も含めて大東亜戦争と呼称す」
「平時戦時の分界時期は昭和16年12月8日午前1時30分とす」
【昭和17年法律第9号】
「勅命をもって別段の定めをなしたる場合を除き、各法律中支那事変を大東亜戦争に改む」
問題をややこしくしているのは法律第9号のほうです。閣議決定に関しては平時と戦時の分界時期を太平洋戦争が始まった時点においています。
つまりここから大東亜戦争が始まった、としているのです。
それまでも日本と中国は武力衝突をしていましたが、お互いに事情もあり宣戦布告をしていませんでした。ですので「事変」と呼ばれていたのです。
しかし、もはやその必要性がなくなり、太平洋戦争開戦の翌日である1941年(昭和16年)12月9日、中国が日本に宣戦布告する形で日中間の戦闘は「戦争」になりました。
中国との戦いは閣議決定における平時と戦時の分界時期とは矛盾しません。
しかし、法律第9号も「支那事変を大東亜戦争に改む」としているので支那事変の開始を大東亜戦争の開始である、と考えることもできます。
ただ文言をよく読むとその前に「各法律中」と書いてあります。
つまり「法律条文で支那事変と書かれているところを大東亜戦争と読み替えますよ」ということです。
文言の意味や解釈の問題だけですので、そう考えると大東亜戦争は太平洋戦争開戦で始まったと考えてもよさそうです。
というわけでここでは「大東亜戦争は太平洋戦争で始まった」という考え方で進めていきます。
大東亜戦争の原因
①日米通商航海条約の破棄
日本は中国と実質的な戦争を行っていました。支那事変(日中戦争)です。
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日中双方がアメリカなど第三国の援助を必要としたため、宣戦布告が行われないまま戦いが進んでいました。
日本は戦争を遂行するためにアメリカからの鉄や石油などの物資を必要としたのです。
アメリカは日本よりも中国に接近していました。
そのため、日本の行動を中国への侵略を捉え、抗議する意味で日米通商航海条約の破棄を通告してきます。日本に経済制裁を与えてきたのです。
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1940年(昭和15年)1月に条約が失効し日米間に貿易のルールがなくなったことでアメリカは日本への輸出に制限をかけるようになります。
困った日本は、アメリカ以外からの輸入を模索するようになります。
さらには中国への援助ルートの遮断のために北部仏印(今のベトナム北部)への進駐、世界からの孤立を解消するために日独伊三国同盟の締結などアメリカを刺激する行動を取ってしまいます。
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支那事変(日中戦争)のためにとった動きがアメリカの反発を生み、ついに日本への屑鉄の輸出が全面的に禁止されてしまいました。
②日米交渉の開始
鉄の輸入に制限がかけられてしまったため、1941年(昭和16年)4月から日本はアメリカとの交渉を始めました。
鉄がなければ航空機や戦車、戦艦が作れません。
しかし、交渉は難航します。アメリカは中国からの日本軍の撤兵を求めましたが、日本陸軍がそれを受け入れることができなかったからです。
そんな中、7月末に日本軍は南部仏印まで軍隊を進めてしまったのです。
理由は北部仏印進駐のときと同じく中国への援助ルートを妨害し、オランダ領東インド(今のインドネシア)への足掛かりを作り石油などの資源を得るためでした。
もちろん日本のこの行動にアメリカは抗議し、8月には石油の対日輸出まで全面的に禁止しました。
石油がなければ航空機や戦艦を動かすことができませんので、支那事変(日中戦争)も続けられません。また、日米交渉が外交的手段で解決できない場合、武力に訴えるにしても石油がなければ十分に戦えないのです。
石油の備蓄が尽きるまでに日米交渉をまとめるか、最悪の場合戦争を行うしかない状態になってしまいました。
状況を打開するために近衛首相自らがアメリカ大統領ルーズベルトと会談するという提案をしますが、これも拒否されます。
(近衛首相 出典:Wikipedia)
日米交渉がまとまる気配もなく、陸軍が中国からの撤兵に同意することもなく、万策尽きた近衛内閣は10月に崩壊します。
代わって近衛内閣の陸軍大臣であった東条英機が首相に就任します。
(東条英機 出典:Wikipedia)
東条であれば陸軍を抑えて戦争を避けられるだろう、という内大臣木戸幸一の意見が通った形でした。
③日米交渉の決裂
東条内閣は日米交渉と並行して、開戦準備も進めていきます。
アメリカの準備が整うまでに開戦してしまったほうが、まだ有利なのではないか?という考えもあったからでした。
11月26日、アメリカはハル・ノートを日本に出します。
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それまでの交渉内容よりもより日本にとっては受け入れがたいものになっていました。
追い詰められた日本は対米開戦を決意、こうして日本はアメリカと戦争することになり、大東亜戦争が始まったのでした。
アメリカもヨーロッパ戦線に全面的に参加するためには、世論の同意が必要でしたが、何もない状態でそれが得られることは難しいと考えられていました。
そこで日本から先制攻撃をさせ、日本の同盟国であるドイツやイタリアとも戦うという名目でヨーロッパ戦線に参加できると考えたからです。
また中国を見捨ててまで、日本との交渉をまとめることを良しとしなかったのもありました。
大東亜戦争の結果とその後
①大東亜戦争の結果最初の半年は準備が十分にできていた日本が優勢に戦闘を進めます。
しかし、ミッドウェー海戦とガダルカナルの戦いで敗れたあとは、防戦一方になりました。
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始めから日米の国力差は明らかでしたが、アメリカの戦争準備が整ってくるとさらにその差は広がる一方でした。
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主要な都市が焼け野原になった日本が敗れる形で大東亜戦争は終結したのでした。
②その後
戦争が終わると大東亜戦争という言葉自体が戦時用語としてGHQから禁止されます。
太平洋戦争という言葉に置き換えられ、大東亜戦争という言葉を使う人はほとんどいなくなりました。
むしろ日本の軍国主義を支持しているかのように思われるようになったのです。
アメリカも当初は日本を再び立ち上がれないような国にしようとしていましたが、とソ連の冷戦が始まったことにより事情が変わりました。
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日本を東アジアにおけるアメリカ陣営重要な国と考えたからです。
こうして日本は平和な経済国家として復活を遂げることになります。
まとめ
✔ 大東亜戦争とは日本とアメリカが戦った太平洋戦争を戦時中の日本で呼んだ言葉。
✔ 日本の中国侵略に抗議したアメリカが、日本に対して経済制裁を行い日米が対立した。
✔ 日本は状況を改善するためにアメリカと交渉するものの難航した。
✔ 南部仏印進駐によりアメリカが態度を硬化させ、日本への石油輸出を禁止した。
✔ アメリカのハル・ノートにより日本は開戦を決意し、大東亜戦争が開始された。
✔ 日本の敗戦で大東亜戦争は終結、大東亜戦争という言葉そのものが禁止された。