【玉音放送とは】全文ふりがな&現代語訳を紹介!!意味(内容)やその後を解説!
【玉音放送とは】全文ふりがな&現代語訳を紹介!!意味(内容)やその後を解説!

【玉音放送とは】全文ふりがな&現代語訳を紹介!!意味(内容)やその後を解説!

 

アジア・太平洋戦争の終戦を告げた「玉音放送」。

 

今回はその放送の全文(ふりがな付き)と現代語訳、そして内容について、詳しく解説していきます。

 

目次

  • 1 玉音放送とはなにか?
  • 2 玉音放送が流された背景と内容
    • 2.1 ①ポツダム宣言の受諾
    • 2.2 ②玉音放送の内容
    • 2.3 ③「玉音放送」の録音
  • 3 「玉音放送」全文(ふりがな付き) 
  • 4 「玉音放送」現代語訳
  • 5 玉音放送の実施とその後
    • 5.1 ①宮城事件
    • 5.2 ②「玉音放送」のオンエア
    • 5.3 ③放送日が終戦記念日に
  • 6 まとめ
  • 7 こちらの記事もおすすめ!

玉音放送とはなにか?

 

玉音放送とは、1945年8月15日正午昭和天皇が自らラジオで国民に終戦を伝えた放送のことを指します。

 

天皇の肉声のことを敬って「玉音」といい、それがラジオで流れたので「玉音放送」というわけです。

 

この放送によって国民は戦争に敗れたことを知り、8月15日は「終戦記念日」として記憶されることになりました。

 

玉音放送が流された背景と内容

①ポツダム宣言の受諾

1945年(昭和20年)8月14、日本は御前会議(天皇が出席した会議)によってポツダム宣言の受諾を決定。つまり、連合国に降伏することを決めました。

 

しかし問題になったのはどうやって国民に降伏したことを知らせるかです。

 

情報局(情報宣伝・思想統制を行う機関)総裁の下村宏の発案で、ラジオ放送で天皇が直接呼びかけることになりました。

 

それまで天皇がラジオに出演するなどということはありませんでした。そのため、ほとんどの国民は天皇の声を聴いたことがなかったのです。

 

異例のラジオでのメッセージという形でしか、敗戦の事実を国民に伝える方法がなかったことを物語っています。

 

②玉音放送の内容

この時、天皇が読み上げたのが「大東亜戦争終結ノ詔書」というものでした。

 

「大東亜戦争」というのは、アジア・太平洋戦争の当時の呼び方。「詔書(しょうしょ)」というのは天皇が発した公文書という意味です。

 

 

(大東亜戦争終結ノ詔書「一項」 出典:Wikipedia) 

 

 

その内容は、ポツダム宣言の受諾をすることの発表と理由についてでした。

 

簡単に言えば、戦争の状況は必ずしも好転せず、敵は新型爆弾(原子爆弾)まで使ってきたので、これ以上戦争を続ければ日本はおろか、世界の文明まで破壊されてしまう。

 

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そのため日本は苦難の道を進むであろうが、降伏せざるを得ないということです。

 

天皇の言葉ではありますが、実際に書いたのは学者たちでした。文体は難しい漢文訓読体です。

 

放送なので普通の話し言葉にしてもよさそうなところですが、そもそも天皇が国民に語りかけるという前例がないため、国民に対して「あなたたち」と呼べばいいのか「お前たち」と呼ぶべきなのか決められなかったという話もあります。(※今回の現代語訳は「あなた方」としました)

 

放送の中でも「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」というフレーズは特に有名です。

 

③「玉音放送」の録音

しかしこの期に及んで詔書の文言をどうするかで閣議はモメてしまい、詔書は午後8時半ごろにやっと完成しました。

 

午後9時にはラジオで「翌日正午から重大放送」という告知がなされます。

 

 

(午前中に配布された玉音放送予告の特報 出典:Wikipedia)

 

 

深夜11時25分、昭和天皇は陸軍の軍服姿で宮内庁の内廷庁舎(第二期庁舎)政務室に到着。ここで録音が行われました。

 

スタンドマイクの前に立った昭和天皇は、詔書を朗読します。

 

しかし、「今のは声が低かった」と言ってやり直しを要求。まさかの天皇自らのNGによって、2回目の録音が行われました。

 

昭和天皇はこれも納得できなかったようで、3度目の録音をやりたいと言い出しますが、さすがにこれ以上はというこいとで収録は打ち切られました。

 

そのため、天皇の声を録音したレコードの原盤(いわゆる「玉音盤」)は2種類存在します。

 

それでは、実際に流された放送の全文と現代語訳を見ていきましょう。

 

「玉音放送」全文(ふりがな付き) 

 

朕(ちん)深(ふか)ク世界(せかい)ノ大(たい)勢(せい)ト帝国(ていこく)ノ現(げん)状(じょう)トニ鑑(かんが)ミ非常(ひじょう)ノ措(そ)置(ち)ヲ以(もっ)テ時(じ)局(きょく)ヲ収(しゅう)拾(しゅう)セムト欲(ほっ)シ茲(ここ)ニ忠良(ただよし)ナル爾(なんじ)臣民(しんみん)ニ告(こく)ク

 

朕(ちん)ハ帝国(ていこく)政府(せいふ)ヲシテ米(べい)英(えい)支(し)蘇(そ)四国(しこく)ニ対(たい)シ其(そ)ノ共同(きょうどう)宣言(せんげん)ヲ受(じゅ)諾(だく)スル旨(むね)通告(つうこく)セシメタリ

 

抑(そも)々(そも)帝国(ていこく)臣民(しんみん)ノ康(こう)寧(ねい)ヲ図(はか)リ万(ばん)邦(ぽう)共(きょう)栄(えい)ノ楽(らく)ヲ偕(とも)ニスルハ皇(こう)祖(そ)皇(こう)宗(そう)ノ遺(い)範(はん)ニシテ朕(ちん)ノ拳(けん)々(けん)措(お)カサル所(しょ)曩(さき)ニ米(べい)英(えい)二(に)国(こく)ニ宣(せん)戦(せん)セル所以(ゆえん)モ亦(また)実(じつ)ニ帝国(ていこく)ノ自(じ)存(そん)ト東亜(とうあ)ノ安定(あんてい)トヲ庶(しょ)幾(いく)スルニ出(いで)テ他国(たこく)ノ主(しゅ)権(けん)ヲ排(はい)シ領(りょう)土(ど)ヲ侵(おか)スカ如(ごと)キハ固(もと)ヨリ朕(ちん)カ志(こころざし)ニアラス然(しか)ルニ交(こう)戦(せん)已(すで)ニ四(し)歳(さい)ヲ閲(けみ)シ朕(ちん)カ陸(りく)海(かい)将(しょう)兵(へい)ノ勇(ゆう)戦(せん)朕(ちん)カ百(ひゃく)僚(りょう)有司(ゆうじ)ノ励(れい)精(せい)朕(ちん)カ一(いち)億(おく)衆(しゅう)庶(しょ)ノ奉(ほう)公(こう)各(おの)々(おの)最(さい)善(ぜん)ヲ尽(つく)セルニ拘(かかわ)ラス戦(せん)局(きょく)必(かなら)スシモ好(こう)転(てん)セス世界(せかい)ノ大(たい)勢(ぜい)亦(また)我(われ)ニ利(り)アラス加之(しかのみならず)敵(てき)ハ新(あらた)ニ残(ざん)虐(ぎゃく)ナル爆(ばく)弾(だん)ヲ使用(しよう)シテ頻(しきり)ニ無(む)辜(こ)を殺傷(さっしょう)シ惨(さん)害(がい)ノ及(およ)フ所(ところ)真(しん)ニ測(はか)ルヘカラサルニ至(いた)ル而(しか)モ尚(なお)交(こう)戦(せん)ヲ継(けい)続(ぞく)セムカ終(つい)ニ我(わ)カ民族(みんぞく)ノ滅(めつ)亡(ぼう)ヲ招来(しょうらい)スルノミナラス延(ひい)テ人類(じんるい)ノ文明(ぶんめい)ヲモ破(は)却(きゃく)スヘシ斯(かく)ノ如(ごと)クムハ朕(ちん)何(なに)ヲ以(もっ)テカ億(おく)兆(ちょう)ノ赤子(せきし)ヲ保(ほ)シ皇(こう)祖(そ)皇(こう)宗(そう)ノ神(しん)霊(れい)ニ謝(しゃ)セムヤ是(これ)レ朕(ちん)カ帝国(ていこく)政府(せいふ)ヲシテ共同(きょうどう)宣言(せんげん)ニ応(おう)セシムルニ至(いた)レル所以(ゆえん)ナリ

 

朕(ちん)ハ帝国(ていこく)ト共(とも)ニ終(しゅう)始(し)東亜(とうあ)ノ解放(かいほう)ニ協(きょう)力(りょく)セル諸(しょ)盟(めい)邦(ほう)ニ対(たい)シ遺(い)憾(かん)ノ意(い)ヲ表(ひょう)セサルヲ得(え)ス帝国(ていこく)臣民(しんみん)ニシテ戦(せん)陣(じん)ニ死(し)シ職(しょく)域(いき)ニ殉(じゅん)シ非(ひ)命(めい)ニ斃(たお)レタル者(もの)及(および)其(そ)ノ遺(い)族(ぞく)ニ想(おもい)ヲ致(いた)セハ五(ご)内(だい)為(ため)ニ裂(さ)ク且(かつ)戦傷(せんしょう)ヲ負(お)ヒ災(さい)禍(か)ヲ蒙(こうむ)リ家(か)業(ぎょう)ヲ失(うしな)ヒタル者(もの)ノ厚生(こうせい)ニ至(いた)リテハ朕(ちん)ノ深(ふか)ク軫(しん)念(ねん)スル所(ところ)ナリ惟(おも)フニ今後(こんご)帝国(ていこく)ノ受(う)クヘキ苦(く)難(なん)ハ固(もと)ヨリ尋(じん)常(じょう)ニアラス爾(なんじ)臣民(しんみん)ノ衷情(ちゅうじょう)モ朕(ちん)善(よ)ク之(これ)ヲ知(し)ル然(しか)レトモ朕(ちん)ハ時(じ)運(うん)ノ趨(おもむ)ク所(ところ)堪(たえ)へ難(がた)キヲ堪(たえ)へ忍(しのび)ヒ難(がた)キヲ忍(しのび)ヒ以(もっ)テ万(ばん)世(せい)ノ為(ため)ニ太平(たいへい)ヲ開(ひら)カムト欲(ほっ)ス

 

朕(ちん)ハ茲(ここ)ニ国体(こくたい)ヲ護(ご)持(じ)シ得(え)テ忠良(ちゅうりょう)ナル爾(なんじ)臣民(しんみん)ノ赤(せき)誠(せい)ニ信(しん)倚(い)シ常(つね)ニ爾(なんじ)臣民(しんみん)ト共(とも)ニ在(あ)リ若(も)シ夫(そ)レ情(じょう)ノ激(げき)スル所(ところ)濫(みだり)ニ事(じ)端(たん)ヲ滋(しげ)クシ或(あるい)ハ同胞(どうほう)排(はい)擠(せい)互(たがい)ニ時(じ)局(きょく)ヲ乱(みだ)リ為(ため)ニ大道(だいどう)ヲ誤(あやま)リ信(しん)義(ぎ)ヲ世界(せかい)ニ失(うしな)フカ如(ごと)キハ朕(ちん)最(もっと)モ之(これ)ヲ戒(いまし)ム宜(よろ)シク挙(きょ)国(こく)一家(いっか)子孫(しそん)相(あい)伝(つた)ヘ確(かた)ク神州(しんしゅう)ノ不(ふ)滅(めつ)ヲ信(しん)シ任(にん)重(おも)クシテ道(みち)遠(とお)キヲ念(おも)ヒ総(そう)力(りょく)ヲ将来(しょうらい)ノ建(けん)設(せつ)ニ傾(かたむ)ケ道義(どうぎ)ヲ篤(あつ)クシ志(し)操(そう)ヲ鞏(かた)クシ誓(ちかっ)テ国体(こくたい)ノ精(せい)華(か)ヲ発揚(はつよう)シ世界(せかい)ノ進(しん)運(うん)ニ後(おく)レサラムコトヲ期(き)スヘシ爾(なんじ)臣民(しんみん)其(そ)レ克(よ)ク朕(ちん)カ意(い)ヲ体(たい)セヨ

出典:Wikipedia

 

「玉音放送」現代語訳

 

私は、世界の情勢と日本の現状を深く考え、非常手段によってこの事態を収拾しようと思い、忠実なるあなたたち臣民に告げる。

 

私は帝国政府に、「アメリカ、イギリス、中国、ソ連の4カ国に対して、共同宣言(ポツダム宣言)を受け入れると伝えるように」と指示した。

 

そもそも帝国臣民が平穏無事に暮らし、世界が共に栄えて喜びを共有することは、歴代天皇が昔からのこしてきた教えであり、私もおろそかにしなかったものである。

 

アメリカとイギリスに宣戦布告した理由も、帝国の自立と東アジアの安定をのぞんだからである。

 

他国の主権を排除して、領土を侵略するようなことは、もとより私の意志ではない。

 

しかし、戦争はすでに4年も続き、私の陸海軍の将兵は勇敢に戦い、私の多くの役人たちもせいいっぱい職務にはげみ、私の一億人の臣民も身をささげて、それぞれ最善を尽くしたが、戦局は必ずしも好転せず、世界情勢も我々に不利である。

 

それだけでなく、敵は新たに残虐な爆弾を使用して、罪のない人々を殺傷し、その被害が及ぶ範囲は測り知れない。

 

なおも戦争を続ければ、我が民族の滅亡を招くばかりか、人類の文明をも破壊してしまうだろう。

 

そんなことになったら、私はどうやって何億何兆もの我が子のような臣民を守り、歴代天皇の霊に謝罪できるだろうか。

これが、私が共同宣言に応じるよう政府に指示した理由である。

 

私は、東アジアの解放のため日本に協力した友好諸国に対し、遺憾の意を表明せざるをえない。

 

帝国臣民の中で、戦死したり、職場で殉職したり、悲運にも命を落としたりした者、その遺族のことを考えると、悲しみで身も心も引き裂かれる思いだ。

 

また、戦争で傷を負い、戦禍を被り、家や仕事を失った者の生活も、とても心を痛めている。

 

これから日本帝国が受ける苦難は尋常なものではないだろう。臣民みなの気持ちも、私はよくわかっている。

 

けれども私は、時の運が向かってしまったところに従い、耐えられないことにも耐え、我慢できないことも我慢して、それによって子孫のために太平の世を開いていきたいと思うところである。

 

私はここに国体を護ることができ、忠実なあなた方臣民の真心を信じ、常にあなた方臣民とともにある。

 

もし、感情のままに事件を起こしたり、同胞が互いに陥れたり、社会情勢を混乱させたりして、道を誤り、世界の信用を失うようなことになれば、それは私が最も戒めたいことである。

 

国を挙げて一家のように団結し、子孫に受け継ぎ、神国日本の不滅を信じ、担うべき責任は重く、道のりは遠いことを思い、総力を将来の建設に傾け、道義を大切にし、志を固く守り、国体の精華(※天皇を中心とした日本の国家の優秀さ)を掲げ、世界の進歩・発展から遅れないよう心がけなければならない。

 

あなた方臣民は、これが私の意志だとよく理解して行動せよ。

 

玉音放送の実施とその後

(宮内庁 出典:Wikipedia)

①宮城事件

収録の作業が終わり、宮内庁から出たところで下村宏や放送協会(NHK)の録音班は近衛歩兵第二連隊第三大隊長佐藤好弘大尉により身柄を拘束されてしまいます。

 

軍の中には降伏に反対する勢力がいて、放送を止めるために実力行使に出たわけです。

 

また、皇居や放送協会を占拠しようともして、大規模なクーデターになりかねない状況でした。

 

しかし、早朝には鎮圧されてクーデターは失敗に終わります。

 

そして、「玉音放送」は予定通りに放送されることになりました。

 

②「玉音放送」のオンエア

そして、8月15日の正午、「玉音放送」が日本全国のラジオで流れました。

 

当時、ラジオ局は日本放送協会(NHK)しかありませんでしたので、ほとんどの国民が同じ放送を聞いたことになります。

 

しかし、「玉音放送」は難しい漢文訓読体で、天皇の朗読が独特のテンポだったこともあり、多くの国民は内容を理解できなかったそうです。

 

その後、アナウンサーによる解説が流れ、午後に配達された新聞でも詳細な内容が書かれていて、そこでやっと日本の敗戦を知ったという人も多かったようです。

 

ちなみに、「玉音放送」を聞いて泣き崩れる国民の有名な写真があって、教科書などにも載っていたのですが、この写真は前日に撮影された「やらせ」写真である可能性が高いというのが最近明らかになりました。

 

③放送日が終戦記念日に

実は、この「玉音放送」自体は国際的に特に意味があったわけではありません

 

ポツダム宣言の受諾は前日14日に連合国各国に通達されていました。

 

また、正式に降伏の文書に調印したのは9月2のことでした。そのためアメリカなど連合国側の多くでは9月2日を「対日勝戦記念日」としています。

 

また、海外ではこの日以降も戦闘が継続されていたところもまだありました。

 

しかし、この「玉音放送」があった8月15日が「終戦の日」「終戦記念日」とされ、現在でもこの日に全国戦没者追悼式が行われています。

 

正午になると黙とうが行われるのも、この放送時間にちなんだものと言えるでしょう。

 

まとめ

✔ 「玉音放送」とは1945年8月15日正午、昭和天皇が自らラジオで国民に終戦を伝えた放送のこと。

✔ 前日14日に御前会議でポツダム宣言の受諾を決定し、その深夜に録音が行われた。

✔ 日本放送協会(NHK)のラジオで放送され、国民は降伏の事実を知らされた。

✔ 放送を阻止しようと軍部のクーデターが起きたが鎮圧された(宮城事件)。

✔ 「玉音放送」が流れた8月15日が、現在でも「終戦記念日」とされている。

 

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