TAKAO yoga studio(高尾ヨガスタジオ)
25/03/2026ブログを更新しました 【意識と無意識】 ヨガの八支則のヤマ(禁戒)に、暴力、嘘、盗むの項目があります。 暴力、嘘、盗むは、本来のあり方からして、そもそもできないものです。こういった行為をやめましょうというのは、ある意味簡単です。しかし、なぜそういった行為をしてしまうのかに焦点を当てることはなかなかありません。 なぜそういった行為をしてしまうのか? 実は、無意識のうちに自分を守るためのバランスをとっているのです。 え??と思うでしょうが、意識して行為を行っているようでも、無意識から生じていることは多々あります。 こういう話は、なかなか理解されずらいです。 先日の学びのヨーガでも、このような話をして、みなさんに一緒に考えてもらったのですが、うまく伝わらなかった印象があるため、ちょっと文章にしてみたいと思いました。 そもそも人は本来、善く生きようとする生き物ものです。誰もが幸せになりたいし、善くありたいと思うのが自然の摂理です。 私たちの行為には、順序があります。まず、知覚、それから要求、そして行動です。例えば、香りを嗅いで、お腹が空いたことに気づき、食べる。といった流れです。 そして、私たちの行為には経験から生み出された背景があります。それは、浅いものもあれば、無意識のところからの深いものもあります。何か、その行為をせずにはいられないという、内側からの要求により行動をおこしていることもあります。背景は無意識なので本人も気づいていません。なぜその行為をしたのか、その真意を理解するには、背景である無意識に気づく必要があるのです。 無意識は無意識なので、意識にあがってきません。 意識化したくないものがそこにあるのですから、そのままでも構わないのでしょうが、人間として成熟したほうが人生は豊かで面白いし、何より生きやすいものです。自分の無意識の奥底がドロドロと澱んでいては、いつまでも何か物足りなかったり満たされなかったりするものです。自分のドロドロが何なのか、心の波立ちを鎮めればよーく見えてきます。 泥水も、鎮まれば泥は底へ沈み、水は澄んできます。そして、沈んだ泥は無くならないですが、人生の肥やしにすることができます。 私たちは、泥水のままだと、思わぬことをしでかしたりする生き物なのです。